大学時代はぼっちだったが、なぜか友だちができる時期があった。
・・・定期試験である。
「政治学」「宗教研究」「言語文化研究」などの科目を履修し、(他にやることもないので)授業に出席しているとノートが蓄積されてくる。
たとえば政治学なら「トクヴィルの自由主義とは」「市民革命期の民主主義」「近代日本における"国家"の成立」などについて論ぜよと言われても、ノートがないと試験を乗り切るのは難しい。
人によってはノートや過去の試験問題を先輩から譲り受けたりしていたのだが自分はぼっちなので
そんなことはできるはずもなく、必然的に自力で単位を勝ち取る必要がでてくるのだった。
そうは言ってもあくまでも大学の学部レベルの試験なのでそれ程難しいというわけではなく、普通に出席していれば単位認定されることは難しいものではないはずなのだ。
ぼっちの大学は。
マンモス校と言われるだけあって出席管理などあってないようなものだった。
出席による加点がない、大教室での講義形式の授業が多く、試験の成績さえ良ければ単位が認められる=普段の授業に臨む姿勢は評価の対象外、という授業がザラにあった。(昨今の大学はどこも少人数教育やアクティブラーニングを重視しているという。隔世の感がある)
さてぼっちは一応ノートを準備し、試験に備えていた。
そのときだけである。「友だち」ができるのは・・・。
「おーい、ぼっち君」
「なに?」
「あのさぁ、政治学Bの授業履修してるじゃん(なぜ知ってる?)、悪いんだけどさ、ノート貸してくれない?」
「・・・。」
ぼっちには分かった。普段は自分をスルーしているのに、単位欲しさでこういう時だけ頼りに来ていることが。
「ノートを貸せば・・・、ノートを貸せば・・・、友だちになってくれるか?」
「ああ~ 約束するよ~~~~~~~~~っ 早く貸せ」
「だが断る」
「ナニッ!!」
「このぼっちが最も好きな事のひとつはラクに単位が欲しいと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ」
岸辺露伴ならこう言っただろう。
だがぼっちはその時ジョジョを読んでいなかったのでそんなやりとりを思いつきもしなかった。
「うん・・・、このノートね」
などと素直に貸してしまうのだった。
そして数日後にノートが(大して感謝もされず)返却される。
これをきっかけに友人づきあいが始まる
はずもなかった。
1年後。
ある日の夜のことである。
ぼっちの家の電話が鳴った。
「あ、もしもし、〇〇だけど、私のこと、覚えてる?」
女の声だった。
「・・・〇〇さん?」
大学1年のころ、彼女とは文化人類学の授業で(仕方なく)チームを組んで研究発表をしたことがあった。
発表の都合上連絡先を交換していたのだ。もちろん発表の後はお互い連絡することはなかった。
「そうそう、〇〇だけど、今度の言語文化研究の試験の範囲って教えてくれない?」
ぼっちにはわかった。彼女はこの授業を履修していること、しかし学びたいことがないこと。出席もろくにしていなこと。楽して単位が欲しいこと。
(彼女の気持ちもよく分かる。その授業は「言語文化研究」という名称のわりには延々と殆どの日本人にとって関心を持ちづらいであろう近現代のオーストリアの政治事情にフォーカスしていて、タイトルと内容の不一致が甚だしかった。つまらない授業には出席せず、代わりにもっと有意義なことに時間を使うというのは賢い判断なのだ)
彼女には一応試験範囲を教えた。
電話が鳴っても出ないという選択肢はあった。範囲を「よく分からない」と言ってもよかった。
正直に電話に出て、知っていることを話してしまう。無益な素直さが当時のぼっちにはあった。
試験のときだけぼっちはこうしていいように使われ、そしてまたぼっちに戻っていくのだった。
大学卒業から何年も経過した。
彼らはぼっちのことを覚えてもいないだろう。
・・・定期試験である。
「政治学」「宗教研究」「言語文化研究」などの科目を履修し、(他にやることもないので)授業に出席しているとノートが蓄積されてくる。
たとえば政治学なら「トクヴィルの自由主義とは」「市民革命期の民主主義」「近代日本における"国家"の成立」などについて論ぜよと言われても、ノートがないと試験を乗り切るのは難しい。
人によってはノートや過去の試験問題を先輩から譲り受けたりしていたのだが自分はぼっちなので
そんなことはできるはずもなく、必然的に自力で単位を勝ち取る必要がでてくるのだった。
そうは言ってもあくまでも大学の学部レベルの試験なのでそれ程難しいというわけではなく、普通に出席していれば単位認定されることは難しいものではないはずなのだ。
ぼっちの大学は。
マンモス校と言われるだけあって出席管理などあってないようなものだった。
出席による加点がない、大教室での講義形式の授業が多く、試験の成績さえ良ければ単位が認められる=普段の授業に臨む姿勢は評価の対象外、という授業がザラにあった。(昨今の大学はどこも少人数教育やアクティブラーニングを重視しているという。隔世の感がある)
さてぼっちは一応ノートを準備し、試験に備えていた。
そのときだけである。「友だち」ができるのは・・・。
「おーい、ぼっち君」
「なに?」
「あのさぁ、政治学Bの授業履修してるじゃん(なぜ知ってる?)、悪いんだけどさ、ノート貸してくれない?」
「・・・。」
ぼっちには分かった。普段は自分をスルーしているのに、単位欲しさでこういう時だけ頼りに来ていることが。
「ノートを貸せば・・・、ノートを貸せば・・・、友だちになってくれるか?」
「ああ~ 約束するよ~~~~~~~~~っ 早く貸せ」
「だが断る」
「ナニッ!!」
「このぼっちが最も好きな事のひとつはラクに単位が欲しいと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ」
岸辺露伴ならこう言っただろう。
だがぼっちはその時ジョジョを読んでいなかったのでそんなやりとりを思いつきもしなかった。
「うん・・・、このノートね」
などと素直に貸してしまうのだった。
そして数日後にノートが(大して感謝もされず)返却される。
これをきっかけに友人づきあいが始まる
はずもなかった。
1年後。
ある日の夜のことである。
ぼっちの家の電話が鳴った。
「あ、もしもし、〇〇だけど、私のこと、覚えてる?」
女の声だった。
「・・・〇〇さん?」
大学1年のころ、彼女とは文化人類学の授業で(仕方なく)チームを組んで研究発表をしたことがあった。
発表の都合上連絡先を交換していたのだ。もちろん発表の後はお互い連絡することはなかった。
「そうそう、〇〇だけど、今度の言語文化研究の試験の範囲って教えてくれない?」
ぼっちにはわかった。彼女はこの授業を履修していること、しかし学びたいことがないこと。出席もろくにしていなこと。楽して単位が欲しいこと。
そこでぼっちから情報をタダで得ようとしているのだ。
(彼女の気持ちもよく分かる。その授業は「言語文化研究」という名称のわりには延々と殆どの日本人にとって関心を持ちづらいであろう近現代のオーストリアの政治事情にフォーカスしていて、タイトルと内容の不一致が甚だしかった。つまらない授業には出席せず、代わりにもっと有意義なことに時間を使うというのは賢い判断なのだ)
彼女には一応試験範囲を教えた。
電話が鳴っても出ないという選択肢はあった。範囲を「よく分からない」と言ってもよかった。
正直に電話に出て、知っていることを話してしまう。無益な素直さが当時のぼっちにはあった。
試験のときだけぼっちはこうしていいように使われ、そしてまたぼっちに戻っていくのだった。
大学卒業から何年も経過した。
彼らはぼっちのことを覚えてもいないだろう。
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