世の中、お金をかければそれに比例して満足度が必ず上がる、というわけでもない商品やサービスはたくさんあります。たとえば飛行機のファーストクラスはエコノミークラスに比べて値段は10倍以上します。だからといってエコノミークラスの10倍満足するかというとそうでもありません。ちょっと座席が広くて横になって眠る事ができたり、食事が豪華だったりします。でも同じ時刻に成田を出発してNYやロンドンに到着するのは同じ時刻。飛行機が同じなので当たり前ですね。だったらエコノミークラスに乗って、浮いたお金を現地の滞在のときに使ったほうがいいじゃないか、という話になります。
私にとっては日々の食事もちょっとこれと似ています。200円の菓子パンがあったとします。でも私はとくに気にすることなくパクパクと食べてしまいます。風味がどうとか、私はあまり気にしません。80円の菓子パンがあったとします。これも私はとくに気にすることなく同じように食べてしまいます。それで十分美味しいと思ってしまいます。そこに120円分の違いはありません。つまり満足度は同じなのです。
とはいえ、これは「安ければ安いほどいい」という話ではありません。200円の菓子パンと80円の菓子パンを食べ比べて、200円のほうが明らかにおいしいのであれば、200円のほうを買えばいいのです。問題は、価格差ほどの満足度の差を自分が感じるのか、ということです。
世の中には、価格が上がるにつれて品質が上がっていく商品があります。一方で、ある程度の水準を超えると、価格が上がっても自分が感じる満足度はそれほど変わらなくなる商品もあります。たとえばホテルです。1泊5,000円のビジネスホテルと5万円の高級ホテルでは、部屋の広さも設備もサービスもずいぶん違うでしょう。しかし、旅行の目的が「その土地を観光すること」なら、ホテルにいる時間そのものは意外と短かったりします。朝に出発して、夜に帰ってきて、風呂に入って寝るだけなら、10倍の宿泊料金を払ったからといって、10倍幸せになるとは限りません。
これは私自身のお金の使い方にもかなり当てはまります。私はどうも、「高いものを買えば満足できる」という感覚が弱いようです。むしろ、同じ満足度なら安いほうを買って、その差額を別のことに回したほうが面白いと思ってしまいます。80円の菓子パンを食べて120円が残るなら、その120円を毎回どこかに貯めておくことができます。1回だけなら120円ですが、これが毎日積み重なれば、年間ではかなりの金額になります。
そして、ここが大事なのですが、浮いたお金を必ずしも「さらに安い生活をするため」に使う必要もありません。たとえば旅行に行ったり、コンサートを聴きに行ったりします。あるいは将来のために投資しておく。こう考えると、80円の菓子パンは単なる「安いパン」ではなくなります。200円のパンを買わなかったことで生まれた120円が、自分にとってもっと満足度の高いところへ移動していくからです。
結局、お金というのは「たくさん使うこと」そのものに価値があるわけではありません。自分がどこにお金を使うと満足するのかを見極めることのほうが重要なのだと思います。世の中では「ちょっといいものを買う」「ワンランク上のサービスを利用する」ということが、豊かな生活の象徴として語られることがあります。しかし、ワンランク上げたことで本当に自分の満足度も上がっているのかは、案外よく分かりません。
私の場合、200円の菓子パンを食べても80円の菓子パンを食べても「うまいにゃー」と思っているのですから、これはもう80円でいいのです。むしろ120円を毎日積み立てて、たまに遠くへ出かけたり、音楽を聴いたり、本を読んだりする。そのほうが私にとっては、よほど「お金を使った甲斐があった」と感じます。お金を使わないことは、必ずしも貧しいことではありません。
そうやって考えていくと、節約というのは単に支出を減らす作業ではなく、「自分にとっての満足度の配分を最適化する作業」なのかもしれません。そして今日も私は、80円の菓子パンを食べて満足しています。200円のパンとの差額120円については・・・まあ、そのうち何か別の楽しいことに使うことにしましょう。
世の中には、価格が上がるにつれて品質が上がっていく商品があります。一方で、ある程度の水準を超えると、価格が上がっても自分が感じる満足度はそれほど変わらなくなる商品もあります。たとえばホテルです。1泊5,000円のビジネスホテルと5万円の高級ホテルでは、部屋の広さも設備もサービスもずいぶん違うでしょう。しかし、旅行の目的が「その土地を観光すること」なら、ホテルにいる時間そのものは意外と短かったりします。朝に出発して、夜に帰ってきて、風呂に入って寝るだけなら、10倍の宿泊料金を払ったからといって、10倍幸せになるとは限りません。
これは私自身のお金の使い方にもかなり当てはまります。私はどうも、「高いものを買えば満足できる」という感覚が弱いようです。むしろ、同じ満足度なら安いほうを買って、その差額を別のことに回したほうが面白いと思ってしまいます。80円の菓子パンを食べて120円が残るなら、その120円を毎回どこかに貯めておくことができます。1回だけなら120円ですが、これが毎日積み重なれば、年間ではかなりの金額になります。
そして、ここが大事なのですが、浮いたお金を必ずしも「さらに安い生活をするため」に使う必要もありません。たとえば旅行に行ったり、コンサートを聴きに行ったりします。あるいは将来のために投資しておく。こう考えると、80円の菓子パンは単なる「安いパン」ではなくなります。200円のパンを買わなかったことで生まれた120円が、自分にとってもっと満足度の高いところへ移動していくからです。
結局、お金というのは「たくさん使うこと」そのものに価値があるわけではありません。自分がどこにお金を使うと満足するのかを見極めることのほうが重要なのだと思います。世の中では「ちょっといいものを買う」「ワンランク上のサービスを利用する」ということが、豊かな生活の象徴として語られることがあります。しかし、ワンランク上げたことで本当に自分の満足度も上がっているのかは、案外よく分かりません。
私の場合、200円の菓子パンを食べても80円の菓子パンを食べても「うまいにゃー」と思っているのですから、これはもう80円でいいのです。むしろ120円を毎日積み立てて、たまに遠くへ出かけたり、音楽を聴いたり、本を読んだりする。そのほうが私にとっては、よほど「お金を使った甲斐があった」と感じます。お金を使わないことは、必ずしも貧しいことではありません。
そうやって考えていくと、節約というのは単に支出を減らす作業ではなく、「自分にとっての満足度の配分を最適化する作業」なのかもしれません。そして今日も私は、80円の菓子パンを食べて満足しています。200円のパンとの差額120円については・・・まあ、そのうち何か別の楽しいことに使うことにしましょう。
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