スーパーに行ったら米5kgが2,680円で販売されていました。カリフォルニア米とかではなくて普通の日本のお米です。1年前は5kgが4,000円近くしていました。それと比べるとずいぶん価格が下がってきたなという気がします。むろん数年前は5kgで2,000円くらいだったので、それに比べるとまだ高いといえば高いのですが・・・。改めて、去年のあの価格はやっぱり異常だったんだと思いました。
米というのは不思議な商品です。毎日のように食べるものなのに、値段については意外と「こんなものだろう」と思っているところがあります。スーパーで5kgの米を買うときも、2,000円台なら安い、3,000円台なら普通、4,000円近くなると「ずいぶん高くなったな」と感じる。だいたいそんな感覚ではないでしょうか。

ところが去年は、その「ずいぶん高くなったな」という水準をあっさり超えてしまいました。もちろん米にもいろいろありますから、銘柄や産地によって値段は違います。それでも、以前なら2,000円くらいで買えていた5kgの米が、4,000円近くする。単純に考えれば、同じ量の米を買うのに以前の倍近いお金を払わなければならないわけです。冷静に考えると、かなりすごいことです。

しかも米は、なくても困らない嗜好品ではありません。毎日パンを食べる人もいれば、麺を食べる人もいますが、日本では今でも米を主食にしている人が大勢います。高くなったからといって、「じゃあ食べるのをやめよう」と簡単にできるものでもありません。だからこそ、米が高くなったときには妙な圧迫感がありました。

スーパーに行くたびに米売り場を見て、「また高いな」と思うわけです。以前なら何となく買っていたものなのに、値札を確認してから買うようになります。たった数千円の話ではありますが、毎日の生活に直結する商品が値上がりすると、物価高というものをかなり具体的に感じます。それが今になって2,680円になっているのですから、「ああ、やっぱり去年は異常だったんだな」と改めて思います。

もちろん、2,680円でも数年前と比べれば安いとは言えません。昔は5kgで2,000円くらいで買えたわけですから、昔を知っている身としては「まだ高いじゃないか」と思う気持ちもあります。しかし、人間というのは面白いもので、4,000円近い米を見慣れてしまうと、2,680円がものすごく安く感じます。価格そのものだけではなく、「一度上がった価格を知っている」という経験が、商品の見え方まで変えてしまうのです。

2,680円という値札を見て、「昔より680円高い」と考えることもできます。一方で、「去年より1,000円以上安い」と考えることもできます。同じ2,680円なのに、どこを基準にするかで印象がまるで違います。これは米に限った話ではありません。物価が上がっているときには、以前の価格が基準になります。しかし、一度大幅な値上がりを経験すると、その価格が新しい基準になってしまう。すると、そこから少し値下がりしただけで「安くなった」と感じるようになります。

だから「米が安くなった」というニュースを見たときには、少し複雑な気持ちにもなります。本当に安くなったのか。それとも、ものすごく高くなった状態から、少し戻ってきただけなのか。今回スーパーで2,680円の米を見て、私は後者のような気がしました。それでも、4,000円近い米を見ながら「米ってこんなに高いものだったっけ」と思っていた頃に比べれば、ずいぶん気持ちは楽です。米5kgを買っても2,680円。これなら「今日は米を買うぞ」と、そんなに身構えなくても済みます。結局、毎日食べるものというのは、このくらいの値段であってほしいのです。

 そしてできれば、数年前の2,000円くらいに戻ってくれればもっと嬉しいのですが、さすがにそこまで期待するのは、米農家の皆さんにも申し訳ない気がします。というわけで、2,680円の米を見ながら、「高いけど、安くなったな」と思うのは何とも不思議な時代になったものです。