近所のねこカフェに行ってねこをなでなでします。おやつにちゅ~るを買ってねこにあげようとするとものすごい勢いで包囲してきます。そんなに腹が減っていたのか、ちゅ~るが視界に入ると客を包囲するように学習してしまったのか、とにかく人を取り囲んできます。
さらには人からちゅ~るを強奪しようとしたり、人の体によじ登ってまで食べようとします。寝ているねこに接近するとちゅ~るの匂いを嗅ぎつけたのか目を覚まして食べようとします。
私は悟りました。「友だちできた!!」
違いました。ちゅ~るがなくなるとサーっとねこはいなくなるのでした。なんて現金なんだ!
でもこれは別にねこが悪いわけではありません。人間だって、無料でステーキをくれる人がいたら、その人のところに行きます。毎日ステーキをくれるなら「この人、いい人だな」と思うでしょう。ステーキがなくなった瞬間にその人から離れるかもしれませんが、それはそれです。
ねこからすれば、私は「ちゅ~るを持った人間」です。私自身に価値があるわけではありません。私の人格とか、学歴とか、職歴とか、これまでの人生で積み上げてきた経験など、ねこにとってはどうでもいい。私がどんな人間なのか、ねこは知らんがな。「この人はいい人なのかにゃー」ではありません。「この人はちゅ~るを持っているのかにゃー」。ただそれだけです。うーむ実にシンプル。
ねこからすれば、私は「ちゅ~るを持った人間」です。私自身に価値があるわけではありません。私の人格とか、学歴とか、職歴とか、これまでの人生で積み上げてきた経験など、ねこにとってはどうでもいい。私がどんな人間なのか、ねこは知らんがな。「この人はいい人なのかにゃー」ではありません。「この人はちゅ~るを持っているのかにゃー」。ただそれだけです。うーむ実にシンプル。
人間社会では、相手との関係をいろいろ考えてしまいます。あの人に嫌われていないだろうか、この発言は変ではなかっただろうか、もっと人付き合いを頑張ったほうがいいのではないか、そもそも自分は他人から必要とされているのだろうか。考え始めるとキリがありません。ところが、ねこはそんなことを考えていません。
ちゅ~るがある。
↓
食べる。
↓
ちゅ~るがなくなった。
↓
帰る。
以上です。なんというシンプルな人生でしょう。そして私は、その姿を見ているうちに妙に安心してしまいました。「友だちができた!!」と思った直後に、ちゅ~るがなくなった瞬間に全員いなくなる。人間だったら結構ショックです。
「結局、ワイのことが好きだったんじゃなくて、ちゅ~るが好きだっただけなんや・・・」と、しばらく立ち直れないかもしれません。しかし、ねこ相手なら笑って済ませられます。なにしろ、ねこですから。しかも、ちゅ~るを持っていないときでも、たまにこちらへ寄ってきてくれるねこがいます。ひざの上に乗ってきたり、足元で丸くなったり、何となくこちらを見ていたりする。そういうときは、「もしかして本当に私のことが好きなのでは?」と思ってしまいます。
そして次回、ちゅ~るを買ってしまうわけです。完全にねこの術中にはまっています。ねこカフェとは、ねこを愛でる場所だと思っていました。違います。人間がねこに課金し、ねこに食べ物を献上し、ねこに無視され、それでも喜んで帰っていく場所です。しかも、こちらは「今日はねこに癒やされたなあ」と満足してます。
ねこからすれば、「きょうはあの人げん、なかなかつかえるやつだったにゃー」くらいなのかもしれません。それでもいいのです。ねこは人間関係の面倒くささを持ち込みません。
無理に話しかけてきませんし無理に仲良くしようとしません。
ただ同じ空間にいて、たまになでなでして、ちゅ~るをあげる。
それだけで成立する関係です。これはものすごく贅沢なことなのかもしれません。もちろん、ちゅ~るがなくなれば去っていくという現実はあります。でも、それでいいのです。
ねこはねこ。
私は私。
お互いに必要以上に干渉しない。そして、たまにちゅ~るを介して交流。友だちができたと思ったら、ただのちゅ~る目当てだった。
なんて現金なやつらなんだ!
でも、そんな現金なところも含めて、ねこはかわいいのです。人間よりもねこのほうがいいにゃー。
ねこしか勝たん。


コメント