給与計算のためのシステムを入れ替えるときになって、わりと発覚しがちなのが、給与計算のための計算式が就業規則(賃金規程)と一致しないじゃん、という事態です。

賃金規程には「時間外手当は・・・の計算により算出する」などと書かれていたとします。ところが給与計算システムにおいては微妙に異なった計算式を適用していて、しかもその方法で何年も何年も大昔から給与支給していました、というパターンです。

これが労働者にとって有利なら「すいません、実態に即していない規程になっていたので修正します」と労働組合に伝えて意見聴取して労基署に届ければ大丈夫でしょう。でも不利な内容だった場合そうはいきません。まあ2年分くらいの残業代計算をやり直して差額支給するというものすごく面倒な事態に陥ります。システム移行で手間がかかる、さらに差額支給でさらに手間がかかる。地獄です。

なぜこんなことが起こるのでしょうか。給与計算というのは、会社にとって毎月必ず発生する業務です。毎月やっているのだから、さぞかし完璧に制度設計されているのだろうと思ってしまいます。しかし実際には、給与計算の仕組みというものは、長い年月をかけて少しずつ継ぎ足されていることがあります。

「昔からこうやって計算しています」というものです。例えば、基本給に何を含めるのか、割増賃金の基礎となる賃金をどこまで含めるのか、遅刻早退の控除をどうするのか、欠勤控除をどうするのか。こうしたものが一度決められると、その後担当者が交代しても、給与計算システムが入れ替わっても、「前のシステムと同じようにしてください」ということで引き継がれていきます。

ところが、その「前のシステムと同じ」が、必ずしも賃金規程に書かれている計算方法と同じとは限りません。しかも困ったことに、毎月給与を払っているだけなら、その違いに気づかないことがあります。

給与計算担当者からすれば、毎月ちゃんと給与明細が出て、社員にも給与が振り込まれている。社員からしても、毎月だいたいいつも同じような金額が振り込まれている。誰も「この残業代は賃金規程の第○条第○項に照らして、本当に正しい計算方法なのか」などと確認しません。そして10年、20年と経過します。

恐ろしいのは、給与計算システムを入れ替えるときです。新しいシステムを導入するためには、「現在どのような計算をしているのか」を整理しなければなりません。すると、今まで誰も気にしていなかった計算式が明るみに出てくる。

「この手当、割増賃金の基礎に入っていますけど、賃金規程ではどうなっていますか?」
「えっ?」
「この時間外手当の計算式、規程に書いてあるものと違いませんか?」
「えっ?」

ということが起こります。そして人事担当者は賃金規程を読み直し、給与計算システムの設定を確認し、過去の給与計算データを確認し、場合によっては社会保険労務士や弁護士に相談することになります。こういう「規程と実際の給与計算が微妙に違っている」という現象は、いったいどのくらい一般的なのでしょうか。

もちろん、すべての会社で起こっているわけではありません。むしろ、きちんと制度と計算処理が一致している会社もたくさんあるでしょう。しかし、給与計算という仕事をしていると、「規程に書いてあること」と「実際にシステムでやっていること」が完全に一致しているとは限らない、という現実に気づかされます。

特に怖いのは、間違いがあることそのものよりも、「誰も間違いだと思っていなかった」というケースです。担当者は前任者から引き継いだとおりに計算している。前任者も、そのまた前の担当者から引き継いだとおりに計算している。システム会社も、会社から指定された計算式を設定します。そして会社は何年もその給与を支払うわけですね。こうなると、もはや「誰が間違えたのか」という話ではありません。

会社の中に、いつの間にか「規程とは別の給与計算の歴史」ができあがっているわけです。だからこそ給与計算システムの入れ替えというのは、単なるシステム更新ではないのかもしれません。新しいシステムに今までの計算方法をそのまま移植するだけなら簡単です。しかし、本当に確認しなければならないのは、「今まで何をしてきたのか」ではなく、「本来、何をしなければならなかったのか」です。
そして、その二つが一致しているとは限らない。給与計算システムを入れ替えるだけのつもりだったのに、古い賃金規程まで発掘され、過去の給与計算まで掘り返すことになる。給与計算担当者にとっては、できれば発掘したくない遺跡です。

しかし、発掘してしまった以上、見なかったことにするわけにもいきません。給与計算とは、毎月同じことを繰り返しているように見えて、実は会社の過去の歴史が全部詰まっている仕事なのです。