夏休み。昔は「やったー」と思っていました。何しろ仕事しなくていいわけですからそりゃ嬉しいですよね。働く代わりに好きなところに行って遊べる。稼働日数が少なくても8月の給与は前月と同じ。これもありがたいです。そのおかげで私は何度北海道のような涼しいところでダラダラできたことか。

しかし最近では夏休みと聞いてもあまり嬉しくなくなりました。毎年北海道に行くと飽きます。そして何より、夏が暑すぎるからです。最近の8月は日中の最高気温が35度を当たり前のように超えてきます。これで観光旅行をしろと言われても身の危険を感じながら日陰から日陰へと飛び移るような移動になります。それって面白いですか。私は奈良公園でそれをやりましたが正直楽しくなかったです。むしろ苦痛でした。鹿せんべいを鹿に食べさせるのは楽しいのですが気温が高すぎて不快感と拮抗していました。

つまりは私が欲しいのは「夏休み」という制度そのものではなく、単純に「仕事をしなくていい日」なのだと思います。だったら別に、それが8月である必要はありません。

むしろ今の日本の夏を考えると、8月に長期間休むことが本当に合理的なのか、少々疑問です。昔なら夏休みに海へ行ったり、山へ行ったり、観光地を歩き回ったりすることが楽しみでした。しかし35度を超える日にそんなことをすれば、楽しい以前に汗だくです。観光地に到着するころには体力をかなり消耗していますし、帰りの電車では「私はいったい何をしに来たのだろう」と思うことすらあります。

もちろん、冷房の効いたホテルで一日中ゴロゴロしているなら話は別です。それはそれで非常に素晴らしい夏休みです。しかし、それならわざわざ遠くまで旅行する必要もありません。自宅で冷房をつけて本を読んで、ヴァイオリンを弾いて、昼寝でもしていればいい。むしろそのほうが快適です。

そして、旅行をするなら夏以外のほうが圧倒的に楽しいでしょう。春や秋なら昼間に街を歩いても、それほど体力を奪われません。美術館を訪れて、そのあと喫茶店に入って、さらに街を散歩する。こういうことを普通にできるだけで、旅行の満足度はかなり違います。だったら「8月だから休む」のではなく、「自分が休みたいときに休む」でいいではありませんか。

たとえば9月の終わりに少し休んで旅行する。11月に紅葉を見に行く。2月に温泉へ行く。あるいは特にどこにも行かず、家でひたすらダラダラする。そういう休み方のほうが、現在の私にはずっと魅力的です。

子どもの頃は、夏休みが終わると学校が始まるので、「夏休み」というまとまった休暇そのものがありがたかった。しかし大人になれば、休暇の価値は「何日あるか」だけではなく、「いつ休めるか」にも大きく左右されます。8月に炎天下を歩き回るくらいなら、気候のいい11月に有給休暇を取って美術館でも巡ったほうがいい。そう考えると、私にとって必要なのは「夏休み」ではなく「好きな時期に休める自由」なのです。

だから最近は、夏休みを楽しみに待つという感覚があまりありません。夏休みだから嬉しいのではなく、仕事が休みだから嬉しいわけです。そして仕事が休みになる日を、自分の好きな季節に選べるのであれば、それが一番いい。

たぶん私はもう、「夏休みが待ち遠しかった子ども」ではなく、「11月あたりに有給を取って、涼しい顔で旅行したい奴」になったのでしょう。それもそれで悪くないかと思うのでした。