昭和20年3月10日未明、現在の東京都江東区、墨田区一帯をB29が焼夷弾を用いて空襲を行い、およそ10万人が一夜にして命を失ったとされています。その惨禍は広く知られていますし、今もスカイツリーのあたりを歩くと空襲があったことを示す痕跡が伺われます。国際法において、軍事目標ではない民間人や民間の建物を意図的に攻撃する空襲(無差別爆撃)は、明らかな戦争犯罪(国際人道法違反)と定義されていますが、たとえばナチス・ドイツはスペインの民間人を標的にし(ゲルニカ)、日本軍も日中戦争において重慶に対して繰り返し空襲を行っています。
アメリカ軍首脳部は、当時イギリス軍が交戦国ドイツに対して実施していたような都市戦略爆撃に対して否定的な姿勢を保ち続け、軍需産業の中枢をピンポイントで破壊することで双方の被害を最小限に抑えつつ、戦争を終わらせることを思い描いていました。
太平洋戦争においても、マリアナに着任した司令官ハンセルはその考え方を信奉し、B29を用いて工業地帯を狙い撃ちにする作戦を実行します。
ところが彼の思惑通りに事は運びませんでした。日本上空にはジェット気流が吹き荒れており、西から東へ飛行すると必要以上にスピードが出るため、爆撃の狙いが外れます。東から西へ飛行するとスピードダウンして迎撃機に狙われやすくなります。雲が多すぎることもまた爆撃を難しくしており、ピンポイントで狙い撃ちするどころではありません。
当時ジェット気流も含め、日本上空の自然条件はアメリカ人は何一つ把握できていなかったので当然といえばそうですが、さらに高高度で飛行することはB29のエンジンへの負担が大きく、これにどこまで機体が耐えられるかも未知数でした。それでもハンセルは「エリア爆撃は民間人を標的にすることになり、それは戦争犯罪だ、自分は決してそのようなことはしない、と言い張った」とされています(『東京大空襲を指揮した男カーティス・ルメイ』より)。
B29はマンハッタン計画以上の予算を費やして開発された期待の新型機でしたが、費用に見合った結果を残せていないことが分かるとハンセルは更迭されてしまい、代わってカーチス・ルメイが着任します。彼もやはり前任者同様の作戦を引き継ぎますが、やはり効果が上がらないことに業を煮やし、夜間低空飛行により住宅地に焼夷弾を大量にばらまくという方向に切り替えるのでした。
軍事作戦として考えれば、「前任者はあのやり方で失敗した。では、もっと確実に破壊できる方法を選ぼう」という話になります。その「もっと確実な方法」が、住宅地を焼き払うことだったのです。
ルメイはハンセルのやり方を捨て、夜間に低空から大量の焼夷弾を投下するという大胆な方針転換を行いました。高高度から工場を狙うのではなく、木造住宅が密集する東京の市街地そのものを焼き払う。こうして東京大空襲へとつながっていきます。
ここに戦争の恐ろしさがあります。最初から「民間人を殺すことが目的だった」と考えれば、話は単純です。しかし実際には、軍事的合理性を追求し、被害を抑えようとしたはずの考え方が、現実の前では次第に形を変えていきました。理想を守るために始めたはずの作戦が、理想を捨てた作戦へと転換してしまったのです。
もちろん、だからといって東京大空襲の責任が消えるわけではありません。むしろ私たちが考えるべきなのは、「なぜそうなったのか」ということではないでしょうか。戦争には、理想を掲げる人間がいます。しかし戦争が長期化し、成果を求められ、損害と効率が数字で比較されるようになると、その理想は少しずつ後退していく。
そして最後には、「これは戦争なのだから仕方がない」という言葉が、かつて越えてはいけないと思っていた一線を越えるための理由になってしまうのです。高い理想が現実にぶつかって砕けることほど、戦争の皮肉な側面はないのかもしれません。
ルメイはハンセルのやり方を捨て、夜間に低空から大量の焼夷弾を投下するという大胆な方針転換を行いました。高高度から工場を狙うのではなく、木造住宅が密集する東京の市街地そのものを焼き払う。こうして東京大空襲へとつながっていきます。
ここに戦争の恐ろしさがあります。最初から「民間人を殺すことが目的だった」と考えれば、話は単純です。しかし実際には、軍事的合理性を追求し、被害を抑えようとしたはずの考え方が、現実の前では次第に形を変えていきました。理想を守るために始めたはずの作戦が、理想を捨てた作戦へと転換してしまったのです。
もちろん、だからといって東京大空襲の責任が消えるわけではありません。むしろ私たちが考えるべきなのは、「なぜそうなったのか」ということではないでしょうか。戦争には、理想を掲げる人間がいます。しかし戦争が長期化し、成果を求められ、損害と効率が数字で比較されるようになると、その理想は少しずつ後退していく。
そして最後には、「これは戦争なのだから仕方がない」という言葉が、かつて越えてはいけないと思っていた一線を越えるための理由になってしまうのです。高い理想が現実にぶつかって砕けることほど、戦争の皮肉な側面はないのかもしれません。
参考文献
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