仏教とかメンタルヘルスの本を読んでいると、「起こった出来事は、それ自体意味を持たない。ただ解釈があるだけだ」ということが書いてあります。つまり出来事が発生することは自分ではコントロール不可能であって、それでも自分がそれにどう向き合うかというのは自分次第だということ。雨が降った、ああなんてこったと落ち込むのも自分だし、家にいる時間ができたと喜ぶのも自分。

そこから派生して、何かが起こってもむやみに反応しないこと、これが心の平穏をもたらすのだ、なんていう結論にたどり着きがちです。

うーん、何かが起こってもむやみに反応しないって、なんだかねこの暮らしに似ているじゃないかと気づいてしまいました。


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ねこを見ていると、まさにこれを地で行っているように思えます。

窓の外で雨が降っている。人間なら「今日は雨か。せっかくの休日なのに」と考えます。ところが、ねこはそんなことをいちいち問題にしません。雨が降っていようが、晴れていようが、眠ければ寝る。お腹が空けば食べる。誰かが近づいてくれば、気が向けば寄っていく。気が向かなければ、そのまま寝ています。そりゃ、一応ねこだって何かに反応します。大きな音がすれば逃げますし、知らない人が入ってくれば警戒します。危険を感じれば、それなりにちゃんと対応します。

しかし、必要以上には反応しません。ここが人間とはずいぶん違うところです。

人間は、出来事そのものよりも、その出来事について延々と考え続けることがあります。「あのとき、ああ言わなければよかった」「なぜあんなことをされたのだろう」「明日はどうなるのだろう」と、過去や未来まで持ち出して、頭の中で何度も出来事を再生します(やってしまいがち)。

ねこは、たぶんそんなことをしません。飼い主に怒られたとしても、しばらくすれば毛づくろいをしています。嫌なことがあっても、「人生とは何なのか」などと考えながら布団に入ったりはしません。ご飯が出てくれば食べます。そして寝ます。

もちろん、これはねこを美化しすぎているかもしれません。実際にはねこにもストレスはありますし、環境の変化に敏感です。そもそも、ねこの頭の中を人間が完全に理解できるわけでもありません。それでも、ねこの姿から学べることはあるように思います。

何かが起こったとき、すぐに「これは良いことだ」「これは悪いことだ」と意味づけしなくてもいい。嫌なことが起きたからといって、その出来事を一日中反芻しなくてもいい。

雨が降った。だったら、今日は家で寝ればいい。

仕事で嫌なことがあった。それなら、帰宅してご飯を食べればいい。

予定がなくなった。それなら、昼寝でもすればいい。

人間は何でも意味のある物語にしたがりますが、もしかすると人生のかなりの部分は、ねこのように「そういうこともあるにゃー」で済ませてもいいのかもしれません。何かが起きるたびに心を大きく揺さぶられる必要はないわけです。

反応しないというより、必要なときだけ反応する。そして、それ以外の時間は普通に生きる。そう考えると、ねこは案外、仏教やメンタルヘルスの本に書いてあることを、難しい理屈など何も知らずに実践しているのではないでしょうか。

今日もねこは、窓辺で寝ています。

雨が降っている。

でも、ねこは無関係です。

ねむいにゃー。ねるにゃー。

うーん、実に立派な生き方です!!