ねこカフェに行くと、おやつを購入することができます。自分が食べるやつではなく、ねこに食べさせるためのやつです。入場で課金して自分のコーヒーで課金して、ねこの餌でまた課金するわけです。

そして面白いことに、おやつを持っているときと持っていないときでねこの態度は露骨に違うのです。

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おやつがないと、ねこは人間のことを完全に無視します。完全に自己都合で暮らしている生き物だということがありありと分かります。たまになでなでさせてくれますが、人間に飽きるとどこかへ行ってしまいます。

ところが、ちゅーるのようなおやつがあるとものすごい勢いでこちらに寄ってきます。ありえない。

人の体に体当たりしたり乗っかってきたりまとわりついたりして、あの手この手で人からおやつを確保しようとします。そう、ねこは私を見ているのではなく完全にちゅーるを見ているのです。そして自分が満足するとまた自己都合でどこかへ行ってしまいます。

・・・これはねこに限った話ではないのかもしれません。人間だって、自分にとって利益のある人とそうでない人では、多少なりとも態度が変わります。仕事で困ったときに助けてくれる人、欲しい情報を持っている人、面白い話をしてくれる人。そういう人には自然と近づいていきます。一方で、自分に何の関係もない人には、わざわざ近づいていきません。

そう考えると、ねこの態度は実に分かりやすいだけで、人間がもっと複雑な方法でやっていることを、ねこは隠そうともしないだけなのかもしれません。しかも、ねこには「さっきまであんなに仲良くしていたのに、もう用済みです」という遠慮がありません。

ちゅーるを持っている私のところへ、さっきまで店の隅で寝ていたねこが猛烈な勢いでやってきます。足元にまとわりつき、体をこすりつけ、場合によっては膝の上にまで乗ってきます。
「おお、今日は友だちいないワイに懐いてくれるじゃないか」などと思ってしまいます。
ところが、ちゅーるがなくなった瞬間、その関係はあっさり終了します。
「はい、以上です」
という感じで、ねこはどこかへ歩いていきます。こちらとしては、「えっ、もう終わり?」となります。さっきまであんなに私のことを必要としていたではないか。しかし、ねこからすれば、最初から私を必要としていたわけではありません。必要だったのは、私が持っているおやつです。

つまり、ねこカフェで人間が得られるものは、ねこからの愛情ではありません。「おやつを持っている人間には、ねこが近づいてくる」という、非常に明快な経済原理を体験できることなのです。

そして面白いのは、それでも人間側が嫌な気持ちにならないことです。普通なら、「この人は私ではなく、私の持っているものに興味があるだけだった」と分かったら、少しくらい傷つきそうなものです。しかし、ねこ相手だと「まあ、ねこだから仕方ないか」で済んでしまいます。

むしろ、おやつを食べ終わって去っていくねこを見ながら、「はいはい、満足したならそれでいいですよ」と思ってしまう。ねこは人間に合わせません。人間に好かれようとも思っていません。眠ければ寝るし、撫でられたくなければ逃げる。おやつが欲しければ猛烈に接近し、満足すればさっさと立ち去る。

徹底して自分の都合で生きています。そして、そんなねこを見ていると、なんだか妙に清々しい気持ちになります。人間社会では、「相手にどう思われるか」「嫌われないようにしなければ」「付き合いを維持しなければ」と、いろいろ考えながら生きています。しかし、ねこにはそんなものがありません。

ねこカフェとは、そんなねこの姿を眺めながら、入場料を払い、コーヒー代を払い、さらにちゅーる代まで払って、「ねこに利用される」という不思議な体験をする場所なのです。しかも、それがなぜか楽しい。結局、人間はねこに振り回されるために、わざわざお金を払っているのです。

なんとも不思議な話ですが、私もたぶん、また行くと思います。そして次回もきっと、おやつを買ってしまうのでしょう。ねこの思うつぼです。