このブログは一応毎日更新ということにしていますが、毎日ネタが湧き上がってくるわけでもなく、つまりは慢性的ネタ切れに悩まされております。何を書いたらいいのかと大抵困ります。そんなとき、とある作家の創作の実態について知ることがあり考えさせられました。
最初のうちはアイデアもいい、でも書く技術は乏しい。たとえばアイデアが64で技術が1なら64×1=64のクオリティになる。暫く経つとアイデアが枯渇してしまう。アイデアが32になってしまう。しかし書く技術は2になるので32×2=64で結果は同じ。
もう少し時間が経過するとアイデアはまた半分になって16になるが、技術は4になるので結果はまた64になる。さらにアイデアが8で技術は8・・・。読者はいつも64を見ている、と思うわけです。結果、「この作家はいつもコンスタントに作品を発表しているな」と見えるわけですね。でも内情はアイデアは加齢とともに劣化していき、小説家としての力は充実していくわけです。
この反比例の公式が成立している間はよいのですが、だんだんその公式が維持できなくなり、アイデアは劣化するわ、筆力は頭打ちになって伸びないわ、ということになるです。辛い。
私の場合、ブログを書くためにネタを探していても、今日一日は特別な出来事が何もなかった、と感じる日があります。朝起きて、仕事へ行き、帰宅して食事をして寝る。それだけです。これでは記事にならない、と最初は考えてしまいます。でも実際に書き始めると不思議なことが起こります。
「なぜ何もなかったと感じたのだろう」「自分は何を期待していたのだろう」「平凡な一日を退屈だと思うのは現代人特有の感覚なのだろうか」と、一つの出来事から次々と問いが生まれてきます。最初はネタがゼロだと思っていたものが、考えているうちに一つの文章へと育っていくのです。
つまり、アイデアとは頭の中から突然ひらめくものだけではありません。既に存在している事実を、どう解釈するかという営みそのものがアイデアになり得ます。歳を重ねることで失われるものも確かにあります。若い頃の勢い、無鉄砲さ、世界を初めて見るような新鮮な驚き。これらは年齢とともに薄れていくでしょう。
一方で、得られるものもあります。
経験です。
20歳の頃には一つの出来事は一つの出来事で終わります。しかし40代になると、その出来事は10年前の経験とも、学生時代の記憶とも、読んだ本とも結び付きます。一本の線だったものが、次第に面となり、立体になっていくのです。
だから、同じ「今日は雨だった」という事実を書いても、経験を積んだ人の文章には奥行きが生まれます。それは発想力というよりも、物事を関連付ける能力と言ったほうが正確かもしれません。
そう考えると、最初に紹介した「アイデア×技術」という式には、実はもう一つ変数が隠れているような気がします。
それは「視点」です。
同じ現象を見ても、誰も気づかない切り口を見つけられる人は、ネタ切れになりにくい。散歩をしていても、電車に乗っていても、スーパーで買い物をしていても、そこから何かを考え始めることができます。日常そのものが素材になるからです。
もちろん、それでも限界はあります。毎日更新を続けていれば、「今日は本当に何も思い浮かばない」という日もあります。それでもパソコンの前に座り、とりあえず書き始めてみる。すると、何もないと思っていた場所から、小さな問いが1つだけ見つかることがあります。
創作とは、壮大なアイデアを待つ仕事ではなく、小さな違和感を拾い上げる仕事なのかもしれません。
ネタは天から降ってくるものではない。書きながら掘り起こすものなのだ・・・、最近はそんな気がしています。
「なぜ何もなかったと感じたのだろう」「自分は何を期待していたのだろう」「平凡な一日を退屈だと思うのは現代人特有の感覚なのだろうか」と、一つの出来事から次々と問いが生まれてきます。最初はネタがゼロだと思っていたものが、考えているうちに一つの文章へと育っていくのです。
つまり、アイデアとは頭の中から突然ひらめくものだけではありません。既に存在している事実を、どう解釈するかという営みそのものがアイデアになり得ます。歳を重ねることで失われるものも確かにあります。若い頃の勢い、無鉄砲さ、世界を初めて見るような新鮮な驚き。これらは年齢とともに薄れていくでしょう。
一方で、得られるものもあります。
経験です。
20歳の頃には一つの出来事は一つの出来事で終わります。しかし40代になると、その出来事は10年前の経験とも、学生時代の記憶とも、読んだ本とも結び付きます。一本の線だったものが、次第に面となり、立体になっていくのです。
だから、同じ「今日は雨だった」という事実を書いても、経験を積んだ人の文章には奥行きが生まれます。それは発想力というよりも、物事を関連付ける能力と言ったほうが正確かもしれません。
そう考えると、最初に紹介した「アイデア×技術」という式には、実はもう一つ変数が隠れているような気がします。
それは「視点」です。
同じ現象を見ても、誰も気づかない切り口を見つけられる人は、ネタ切れになりにくい。散歩をしていても、電車に乗っていても、スーパーで買い物をしていても、そこから何かを考え始めることができます。日常そのものが素材になるからです。
もちろん、それでも限界はあります。毎日更新を続けていれば、「今日は本当に何も思い浮かばない」という日もあります。それでもパソコンの前に座り、とりあえず書き始めてみる。すると、何もないと思っていた場所から、小さな問いが1つだけ見つかることがあります。
創作とは、壮大なアイデアを待つ仕事ではなく、小さな違和感を拾い上げる仕事なのかもしれません。
ネタは天から降ってくるものではない。書きながら掘り起こすものなのだ・・・、最近はそんな気がしています。
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