中村彝。といっても誰それ? ですよね。画家です。なかむら・つねと読みます。中村彝(1887–1924)は、大正時代を代表する洋画家の一人です。37歳という若さで亡くなりましたが、日本近代洋画史に大きな足跡を残しました。茨城県水戸市に生まれ。幼くして両親を亡くし、軍人を志して陸軍幼年学校に進学します。しかし、肺結核を患ったため軍人の道を断念し、療養生活の中で本格的に絵を学び始めます。病気は生涯彼を苦しめましたが、それでも制作を続けました。
彼は肖像画の名手として知られており、盲目の詩人エロシェンコを描いたほか、「田中館博士の肖像」なども傑作であるとされています。若い頃はレンブラントやピエール=オーギュスト・ルノワールの影響を受けましたが、晩年にはポール・セザンヌの影響も取り入れ、より厳しく、精神性の高い表現へと到達しました。東京の下落合には彼のアトリエが復元された記念館があり、制作環境について知ることができます。
最近、立て続けに彼の2枚の「自画像」を見ました。ひとつは新宿駅近くにある中村屋サロン美術館に展示されているもの。こちらは明るめな表情を見せています。病没した彼にしてはすこし不自然かもしれませんが、どうやら「自画像」のなかに「そうあってほしい自分像」を描いたようなのです。
もうひとつはアーティゾン美術館で見たもの。こちらは暗く、厳しい雰囲気でした。こちらのほうが文字通りの意味での「自画像」に近い内容であると思われます。
このように、「自画像」といっても理想重視だったりリアリティ重視だったりと、一筋縄ではいかないのだと思いました。
考えてみれば、自画像という題材は不思議なものです。鏡に映った自分をそのまま描けばよいというものではありません。画家は、そこに「自分とは何者か」という問いに対する答えを書き込んでしまいます。だからこそ、同じ人物が描いた自画像でも、時期や心境によってまったく異なる作品になるのでしょう。
このことは、中村彝だけに限った話ではありません。たとえば、レンブラントは生涯にわたって数多くの自画像を残しました。若き日の自信に満ちた姿もあれば、老境に達し、人生の重みを受け止めるような表情もあります。また、フィンセント・ファン・ゴッホの自画像には、鋭い眼差しの奥に、精神的な苦悩や孤独が感じられます。彼らは単に顔を記録したのではなく、その瞬間の自分自身を作品として定着させようとしたのでしょう。
一方で、中村彝の二枚の自画像を見比べると、「現実の自分」と「理想の自分」という対比が浮かび上がってきます。明るい表情を見せる作品は、病と向き合いながらも前を向こうとする意思の表れなのかもしれません。反対に、暗く引き締まった表情の作品には、病気や将来への不安、あるいは自分自身を冷静に見つめる厳しさが感じられます。どちらが本当の中村彝なのかと問われれば、おそらくどちらも本当なのでしょう。人は一つの顔だけで生きているわけではなく、希望を抱く日もあれば、現実の重さに押しつぶされそうになる日もあります。その両方を抱えているからです。
美術館で作品を見るとき、「この画家は何を描こうとしたのか」ということばかり考えてしまいがちです。しかし、自画像に関しては「この画家は自分をどう見たかったのか」「あるいは、自分をどう見つめていたのか」という視点を持つと、作品の印象は大きく変わります。肖像画でありながら、そこには画家自身の人生観や価値観が色濃く反映されているからです。
中村彝は37歳という短い生涯を閉じました。しかし、その短い人生のなかで、自分という存在を何度も見つめ直し、その問いを絵筆に託しました。二枚の自画像は、単なる顔の描き分けではなく、理想と現実のあいだで揺れ動く一人の人間の心を映した記録だったように思います。だからこそ、100年以上経った今日でも、私たちはその眼差しに引き込まれ、「この人は何を思っていたのだろう」と考えずにはいられないのでしょう。
このことは、中村彝だけに限った話ではありません。たとえば、レンブラントは生涯にわたって数多くの自画像を残しました。若き日の自信に満ちた姿もあれば、老境に達し、人生の重みを受け止めるような表情もあります。また、フィンセント・ファン・ゴッホの自画像には、鋭い眼差しの奥に、精神的な苦悩や孤独が感じられます。彼らは単に顔を記録したのではなく、その瞬間の自分自身を作品として定着させようとしたのでしょう。
一方で、中村彝の二枚の自画像を見比べると、「現実の自分」と「理想の自分」という対比が浮かび上がってきます。明るい表情を見せる作品は、病と向き合いながらも前を向こうとする意思の表れなのかもしれません。反対に、暗く引き締まった表情の作品には、病気や将来への不安、あるいは自分自身を冷静に見つめる厳しさが感じられます。どちらが本当の中村彝なのかと問われれば、おそらくどちらも本当なのでしょう。人は一つの顔だけで生きているわけではなく、希望を抱く日もあれば、現実の重さに押しつぶされそうになる日もあります。その両方を抱えているからです。
美術館で作品を見るとき、「この画家は何を描こうとしたのか」ということばかり考えてしまいがちです。しかし、自画像に関しては「この画家は自分をどう見たかったのか」「あるいは、自分をどう見つめていたのか」という視点を持つと、作品の印象は大きく変わります。肖像画でありながら、そこには画家自身の人生観や価値観が色濃く反映されているからです。
中村彝は37歳という短い生涯を閉じました。しかし、その短い人生のなかで、自分という存在を何度も見つめ直し、その問いを絵筆に託しました。二枚の自画像は、単なる顔の描き分けではなく、理想と現実のあいだで揺れ動く一人の人間の心を映した記録だったように思います。だからこそ、100年以上経った今日でも、私たちはその眼差しに引き込まれ、「この人は何を思っていたのだろう」と考えずにはいられないのでしょう。

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