このブログの「マッチングアプリ」という記事群において、「マッチングアプリのユーザー自己紹介に書いてあることは本当とは限らないので注意したほうがいい。書いてあることは、”そう書いてある"だけであって、真実とは限らない」という主旨のことを書いたことがあります。

似たような(本当かどうか分からない)「言葉」は世の中にたくさん溢れています。例えば、
「高田馬場で一番うまいラーメン」なんていう看板。おいおい、一番うまいのはお客さんが決めることであって店長が勝手にそう主張してるだけだろ。

「おめーぶっ殺すぞ!」。これはプロレスのマイクパフォーマンス。本当に殺害するつもりはありません。雰囲気を盛り上げるためにそう叫んでるだけです。聞いてるお客さんもそれを分かってウェーイ! となっているだけで、殺人事件を楽しみにしているわけではありません。東スポの記事も嘘だと知りつつも、みんな楽しんで読んでいます。それを「嘘だ!」なんていうのは野暮というもの。

・・・なんていうことを書いて悦に浸っていた私ですが、やられました。あるとき新宿の飲食店の個室を予約しました。まあちょっとした送別会みたいなものですね(見送られる私が店を予約するのも変ですが)。

いやあひどかった。当日、楽しみにしていたのですが、個室を予約したのに「個室はない」と外国人の店員に断言されます(日本人店員は0名)。見渡すと、ぐるなびに掲載されているおしゃれな個室はありませんでした。そもそも店の入口に掲げてある看板が、ぐるなびで予約した店名と違います。正確な情報発信をするつもりがないようです。私はその時点で、この店を予約したことを深く後悔しました。バカっ、バカっ、ワイのバカ! 他にも店はいろいろあったのに・・・。なぜよりによってこんな店を選んでしまったのだろう・・・。そしてしばらくしたら学生の大群が現れてうるさいことうるさいこと。私は近所の喫茶店に疎開することを提案し、移動しました。こればかりは正しい判断でした。

もちろん、ここで「食べログは信用できない」と言いたいわけではありません。問題はもっと一般的な話です。

私はマッチングアプリの記事で、「プロフィールに書いてあることは『そう書いてある』だけであって、真実とは限らない」と書きました。同じことは飲食店の予約サイトにも当てはまるのではないでしょうか。

「全席個室」「落ち着いた空間」「デートに最適」「口コミ評価4.5」、そう書いてある。しかし、それはあくまで「そう掲載されている」という事実を示すだけです。本当にそうなのかどうかは、別問題です。

今回の店も、もしかしたら数年前までは本当に個室があったのかもしれません。改装でなくなったのに情報だけ更新されなかったのかもしれない。あるいは、系列店の写真が混ざってしまったのかもしれない。事情は分かりません。しかし利用者から見れば、理由はどうあれ「個室がある」と信じて予約したのに、実際にはなかったという結果だけが残ります。

これは現代社会全体に言えることですが、私たちは「書いてあること」を無意識に「事実」と読み替えてしまいます。ところが本来、この二つは違います。

HP、予約サイト、求人票、広告、SNS、そしてニュース記事。どれも「誰かがそう発信した情報」にすぎません。その情報が正確かどうかは、別途検証しなければ分からないのです。

考えてみれば、昔から同じことでした。「日本一」「絶対お得」「必ず儲かる」「業界最高品質」。こんな言葉は街中にあふれています。私たちは普段、それを半分冗談として受け流しています。しかし、予約サイトの設備情報や営業時間のように、一見すると客観的に見える情報については、つい無条件で信用してしまいがちです。

今回の一件で、私は自分がまさにその罠にはまったのだと気づきました。「予約サイトに個室と書いてあるのだから個室なのだろう」。そんな思い込みがありました。しかし実際には、「個室と掲載されている」という事実しか確認していなかったのです。(実際問題、それ以上追究しようがない。)

だから私は今後、予約サイトを見る目が少し変わると思います。もちろん便利なサービスですし、参考にもなります。ただ、「書いてあるから真実だ」とは考えない。必要なら店に電話一本入れて確認する。それくらい慎重でちょうどいいのでしょう。

マッチングアプリで学んだ教訓は、意外なところで再び私に牙をむきました。情報社会を生きるということは、「書いてあること」と「本当のこと」を、頭の中でちゃんと区別し続けることなのかもしれません。岡山にはこんなひどい店ないよね・・・。多分・・・。