2026年6月28日(日)、サントリーホールで開催された「前橋汀子アフタヌーン・コンサートVol.22」。日本を代表するヴァイオリニストの一人として数十年にわたるキャリアを重ねてきた前橋汀子さんがお送りする素敵なひと時。まずはグルックのメロディ「精霊の踊り」。清楚な歩みのなかに静かに悲しみが広がります。

続けてクライスラーの「ウィーン奇想曲」「愛の悲しみ」「中国の太鼓」。クライスラーの作品もウィーン情緒が漂う・・・、それは喜びやユーモアのなかにも時折ふっと翳りがさすようなもの。そしてラフマニノフの「ヴォカリーズ」。親しみやすい小品を並べて、客席の心を一つにします。それにしても特に小品を演奏する際の右手の柔軟性、テクニック。あの弓の返し。私は上の方の席から見ていましたが、歳を重ねてもあのようなしなやかさをどうやってキープしているのか、ひたすら驚いていました。

プロコフィエフの「ヴァイオリン・ソナタ第2番」。端正でありながらも、時折20世紀らしいヒヤリとしたモダンテイストが入り混じる音楽。この微細な表情の使い分けは一体どうやっているのでしょうか。私もヴァイオリンを一応は弾きますが、たぶんあと100年練習してもこの水準には到達しないでしょうね・・・。

休憩後、小品を数曲演奏したあとに、フランクの「ヴァイオリン・ソナタ」。ヴァイオリン・ソナタは世の中に数多くありますが、これを超えるものはほとんどないでしょうし、この演奏も今日の白眉だったと言えるでしょう。練絹のようなしっとりとした音色美で、せつせつとフランクが書き残した楽譜を確実に音に変えては一瞬のうちに通り過ぎ、次のフレーズへ。ヴァイオリンという楽器は「歌」の楽器であることを今更ながら思い起こさせます。単に技術的に上手い人ならたくさんいます。でもそれが故に? 歌を忘れたカナリアのような演奏もたくさん聴いてきたのも事実です。今日の前橋汀子さんは、その長い演奏歴があるからこそ音として表現することができた世界を見せたという点で特筆すべき内容だったと思います。

さらにはアンコールが何曲も! しかし最後の最後で演奏された「愛の讃歌」に続けて「川の流れのように」は深い感動を覚えました。なにしろ私は20年ほど住んだ東京をもうすぐ離れるのです。地元岡山に戻ろうとしています。その状況で「川の流れのように」・・・。演奏を聴きながら、これまでの東京での出来事が走馬灯のように・・・見えてきませんでした。慈しむような柔らかい音にただ耳を傾けることに夢中だったからです。それにしてもこれは何でしょうか。泣けということでしょうか。ここで泣かずしてどこで泣くというのでしょうか。果たして私は客席で涙を拭いました。

帰り道、本当に素晴らしい音楽を聴いたという充実感で胸の中が満ち足りていました。前橋汀子さんの演奏は、何十年とヴァイオリニストとして活躍してきたからこそ、いやそれ以外の方法では出せない類の音楽であると確信しました。まさか最後の最後でこういう音楽と巡り会えるなんて、幸せです。

でも・・・、この調子だとたぶん長期休暇のときに東京に滞在して東京のいいところだけをつまみ食いする自分になりそうです。ただそれは別の話、将来のことなのでこれ以上ここで語っても仕方ないでしょう。