ホリエモンがよく言っています。「不安になるのは、暇だから。多動力で動き回れ」と。一理あると思います。忙しいと、目の前のことに集中しなければなりません。仕事の締切が目前に迫っている状況がまさにそれ。その仕事のことしか考えられなくなりますよね。
他方で不安になるのは、得てして何もしていない時のことが多いようです。私もそうです。「もし・・・だったらどうなるだろう」「万が一・・・の状況になったらどうしたらいい」と余計な想像を巡らせてしまいます。どうやらこれは原始時代から引き継がれた人間の本能がアップデートされていないだけのようですね。もし茂みの陰にライオンがいたらどうなるか。気づかなかったらガブリと食べられて死んでしまいます。つまり不安を覚えるというのは、自分の身を守るための優秀なツールだったと言えるでしょう。
ただ現代ではライオンに襲われることはありません。クマに襲われる人は最近多いようですが。ただそれも例外です。発生確率が低いことを想像して不安になることは、現代ではあまり意味がなさそうです。
さて、私はまた余計なことを思いつきました。本当に「忙しくしていれば不安は消える」のか、ということです。確かに、目の前にやるべきことがある時、人間は余計なことを考えません。仕事の締切、ヴァイオリンの練習、ランニングの予定、旅行の計画。何かに集中している時間というのは、不安が入り込む余地が少ないものです。
ただし、忙しさにも二種類あると思います。一つは、自分が納得して選んだ忙しさです。やりたいことに取り組んでいる状態。これは充実感につながります。たとえば、好きな音楽を聴きながら楽器を練習する、知らない街を歩いて新しい発見をする、仕事で課題を解決する。こうした活動は疲れても不思議と心が満たされます。
もう一つは、不安から逃げるための忙しさです。何も考えたくないから予定を詰め込む。暇になると余計なことを考えてしまうから、常にスマホを見る、動画を見る、仕事を増やす。これは一見すると活動的ですが、実際には不安から目をそらしているだけかもしれません。なぜなら、不安というものは完全になくすことはできないからです。
どれだけ忙しくしていても、ふとした瞬間に「あの時の判断は正しかったのか」「この先どうなるのか」と考える時はあります。むしろ静かな時間になって初めて、自分の本当の気持ちが見えてくることもあります。
大切なのは、不安を感じない人間になることではなく、不安との付き合い方を覚えることなのではないでしょうか。「もし失敗したらどうしよう」と考えた時、そこで終われば原始時代の本能に振り回されている状態です。しかし、「では失敗した場合に何をすればいいか」と一歩進めて考えると、不安は準備に変わります。ライオンがいるかもしれない、と怯え続けるのではなく、もし遭遇したらどう逃げるか、どこに安全な場所があるかを考える。現代における不安への対処とは、そういうことなのかもしれません。
結局のところ、「暇だから不安になる」という言葉は半分正しく、半分違うように思います。暇な時間そのものが問題なのではなく、暇な時間に何を考えるかが重要なのです。何かに熱中できるものを持つこと。そして同時に、静かな時間に自分の不安を観察すること。その両方があってこそ、現代を生きる人間に必要な「心の防衛力」になるのではないでしょうか。
ただし、忙しさにも二種類あると思います。一つは、自分が納得して選んだ忙しさです。やりたいことに取り組んでいる状態。これは充実感につながります。たとえば、好きな音楽を聴きながら楽器を練習する、知らない街を歩いて新しい発見をする、仕事で課題を解決する。こうした活動は疲れても不思議と心が満たされます。
もう一つは、不安から逃げるための忙しさです。何も考えたくないから予定を詰め込む。暇になると余計なことを考えてしまうから、常にスマホを見る、動画を見る、仕事を増やす。これは一見すると活動的ですが、実際には不安から目をそらしているだけかもしれません。なぜなら、不安というものは完全になくすことはできないからです。
どれだけ忙しくしていても、ふとした瞬間に「あの時の判断は正しかったのか」「この先どうなるのか」と考える時はあります。むしろ静かな時間になって初めて、自分の本当の気持ちが見えてくることもあります。
大切なのは、不安を感じない人間になることではなく、不安との付き合い方を覚えることなのではないでしょうか。「もし失敗したらどうしよう」と考えた時、そこで終われば原始時代の本能に振り回されている状態です。しかし、「では失敗した場合に何をすればいいか」と一歩進めて考えると、不安は準備に変わります。ライオンがいるかもしれない、と怯え続けるのではなく、もし遭遇したらどう逃げるか、どこに安全な場所があるかを考える。現代における不安への対処とは、そういうことなのかもしれません。
結局のところ、「暇だから不安になる」という言葉は半分正しく、半分違うように思います。暇な時間そのものが問題なのではなく、暇な時間に何を考えるかが重要なのです。何かに熱中できるものを持つこと。そして同時に、静かな時間に自分の不安を観察すること。その両方があってこそ、現代を生きる人間に必要な「心の防衛力」になるのではないでしょうか。
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