私はこのブログの「資産運用」カテゴリで、余計な買い物をするな、ということを何度か書いています。理由は明白で、物を買ったからといって幸福度向上に貢献するとは限りません。引っ越しのときに「なんでこんなものを・・・」を後悔するのが関の山だからです。
しかし、私もやはりたまにまさかのついで買いをすることがあります。
2026年6月のこと。長野県の諏訪湖を訪れていました。そしてラーメン屋に入り、信州味噌ラーメンを堪能しました。ここまでは問題ありません。その土地でしか味わえない味噌を使ったラーメン。なかなか良い選択だと思います。
しかしお金を払う段になって、レジ横に目を寄せると、「諏訪姫」という萌えキャラフィギュアが目に入りました。このキャラのことは知っています。なぜならこれまで何度も諏訪湖を訪問するなかで、たびたび目にしてきたからです。しかし引っ越しのときに後悔することを念頭に、まったくキャラクターグッズを購入していませんでした。
ただこの時ばかりは状況が違っていました。引っ越しを控えた私は、もう諏訪湖に気軽に来ることはできない。もしかしたらこれが最期かもしれない。そう思うとつい手が伸びてしまったのでした。「これもください」。それで980円。いやいや、これは無駄使いではなく人生の思い出のひとつとしての消費だから、ある意味投資とも言える。そう自分を納得させました。
さて、ここで「それは結局、無駄遣いではないのか」という反論があるかもしれません。実際、その通りです。資産運用の観点から言えば、980円は980円。インデックスファンドに投資すれば将来の資産形成に役立ったかもしれませんし、銀行口座に残しておけば引っ越し費用の足しになったかもしれません。
しかし人間は資産残高の数字だけで生きているわけではありません。
私はこれまで諏訪湖を何度も訪れました。湖畔を走り、温泉に入り、時には雨の中を歩きました。仕事で嫌なことがあった時も、転職活動で先が見えなかった時も、諏訪湖は変わらずそこにありました。湖面を吹き抜ける風や、遠くに見える山並みを眺めていると、不思議と気持ちが落ち着いたものです。
考えてみれば、私にとって諏訪湖は単なる観光地ではありませんでした。東京で暮らした20年余りの人生の一部だったのです。
だからこそ、「もう気軽には来られないかもしれない」という思いが、あのフィギュアに手を伸ばさせたのでしょう。
もちろん、そのフィギュアそのものに980円の価値があるわけではありません。プラスチックと塗料でできた量産品です。資産価値もほとんどありません。
けれども、もし10年後に引っ越し荷物の箱を開けて、その諏訪姫を見つけたとしたらどうでしょう。
「ああ、あの時の諏訪湖か」
そう思い出すはずです。
転職活動で人生の分岐点に立っていたこと。信州味噌ラーメンを食べたこと。東京生活の終わりを意識していたこと。そして、もしかすると最後になるかもしれない諏訪湖の景色を眺めていたこと。
人間の記憶というものは案外あてになりません。どんなに大切な出来事でも、年月が経てば少しずつ薄れていきます。しかし物には記憶を呼び起こす力があります。
だから私は、あらゆる買い物を否定するつもりはありません。
最新ガジェットを衝動買いしたり、流行だからという理由で何かを買ったりすることには慎重であるべきでしょう。しかし人生の節目において、自分自身の記憶を保存するための買い物なら話は別です。
投資信託の評価額は毎日変動します。株価も上がったり下がったりします。しかし人生の思い出は、一度失えば二度と取り戻せません。
そう考えると、あの日の980円は浪費だったのか、それとも投資だったのか。
正直なところ、私にも分かりません。
ただ一つ言えるのは、今その諏訪姫を机の上に置いて眺めても、「なんでこんなものを買ったんだろう」とは思わないということです。
しかし人間は資産残高の数字だけで生きているわけではありません。
私はこれまで諏訪湖を何度も訪れました。湖畔を走り、温泉に入り、時には雨の中を歩きました。仕事で嫌なことがあった時も、転職活動で先が見えなかった時も、諏訪湖は変わらずそこにありました。湖面を吹き抜ける風や、遠くに見える山並みを眺めていると、不思議と気持ちが落ち着いたものです。
考えてみれば、私にとって諏訪湖は単なる観光地ではありませんでした。東京で暮らした20年余りの人生の一部だったのです。
だからこそ、「もう気軽には来られないかもしれない」という思いが、あのフィギュアに手を伸ばさせたのでしょう。
もちろん、そのフィギュアそのものに980円の価値があるわけではありません。プラスチックと塗料でできた量産品です。資産価値もほとんどありません。
けれども、もし10年後に引っ越し荷物の箱を開けて、その諏訪姫を見つけたとしたらどうでしょう。
「ああ、あの時の諏訪湖か」
そう思い出すはずです。
転職活動で人生の分岐点に立っていたこと。信州味噌ラーメンを食べたこと。東京生活の終わりを意識していたこと。そして、もしかすると最後になるかもしれない諏訪湖の景色を眺めていたこと。
人間の記憶というものは案外あてになりません。どんなに大切な出来事でも、年月が経てば少しずつ薄れていきます。しかし物には記憶を呼び起こす力があります。
だから私は、あらゆる買い物を否定するつもりはありません。
最新ガジェットを衝動買いしたり、流行だからという理由で何かを買ったりすることには慎重であるべきでしょう。しかし人生の節目において、自分自身の記憶を保存するための買い物なら話は別です。
投資信託の評価額は毎日変動します。株価も上がったり下がったりします。しかし人生の思い出は、一度失えば二度と取り戻せません。
そう考えると、あの日の980円は浪費だったのか、それとも投資だったのか。
正直なところ、私にも分かりません。
ただ一つ言えるのは、今その諏訪姫を机の上に置いて眺めても、「なんでこんなものを買ったんだろう」とは思わないということです。


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