犬や猫ははるか昔から人類の友でした。このブログ「友だちいない研究所」でそういうことを書くのも変ですが。とにかく品種改良を繰り返し、様々な種類の犬や猫が現れています。その姿は繰り返し洋の東西を問わず、たとえばフラゴナールだったりルノワールだったり、彼らの絵画に何度も描かれています。

さて私が最近訪れたのが、港区立郷土歴史館。ここの令和8年度企画展「歴史館コレクション おもちゃ絵」が面白いのです。明治時代に描かれた浮世絵(版画?)にはたくさんの擬人化された猫が登場しています。面白いにゃー。

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この絵のように、人の仕草を猫がしているというものだったり、『源氏物語』のいろいろな場面を猫に演じさせているものだったりと、多くの作品に猫が登場します。それだけ猫を書くと受けたということなのでしょう。かわいいにゃー。

展示を見ながら思ったのは、「猫がかわいい」という感覚は、どうやら現代人だけのものではないらしい、ということです。

私はつい、こうした浮世絵や版画を見ると、「昔の人はもっと堅苦しく暮らしていたのではないか」と想像してしまいます。しかし展示されている作品を見ると、そのイメージはあっさり覆されました。猫たちは人間のように着物を着て、芝居を演じ、恋をし、ときには滑稽な表情を見せています。描き手も、それを見る人も、「猫って面白いよね」「かわいいよね」という気持ちを共有していたのでしょう。

考えてみれば、猫という動物は実に不思議です。犬のように主人の命令に従うわけでもなく、どちらかといえば気まぐれです。それなのに人間は何千年もの間、猫を愛してきました。古代エジプトでは神聖な存在として扱われ、中世ヨーロッパの絵画にも登場し、日本でも浮世絵や文学の題材になっています。

今回の展示に並んでいた猫たちも、よく見ると現代の猫とあまり変わりません。少しとぼけた顔をしていたり、ふてぶてしく見えたり、妙に得意そうな表情をしていたりします。SNSに投稿されている猫の写真を見て「かわいい」と言っている私たちと、明治時代に猫の浮世絵を見て楽しんでいた人々との間には、案外大きな違いはないのかもしれません。

『源氏物語』の登場人物になりきる猫たちを見ていると、作品の内容そのものよりも、まず「猫に演じさせよう」と考えた発想に感心してしまいます。しかも、それが商品として成立していたということは、多くの人がその面白さを理解し、喜んで買っていたということです。猫は当時から立派な人気者だったのでしょう。

歴史の勉強というと、どうしても戦争や政治、制度の変化に目が向きがちです。しかし、こうした展示を見ると、人々の日常の楽しみや笑いの感覚もまた歴史の一部なのだと感じます。そしてその中には、現代まで変わらず受け継がれているものもあります。

港区立郷土歴史館の「おもちゃ絵」展は、そうした人々の遊び心を伝えてくれる企画でした。展示室を歩きながら何度も思ったのは、「昔の人も猫が好きだったんだなあ」という、ごく単純な感想です。

何百年も前の人々と、猫を見て頬がゆるむ気持ちだけは共有できる。そんなことを考えながら展示室を後にしました。やっぱり猫は昔からかわいいにゃー。