新幹線ののぞみ。昔は自由席は1~3号車でした。あまり気にしなくても、それなりに自由席に座ることができました。
しかしある時から、自由席が削減され1~2号車のみとなってしまいました。折しも円安の影響で外国人観光客が増えています。いきおい、東京~京都間は混雑する傾向にあります。そうなると自由席に座りたくても座れない、という現象が当たり前のように起こる、ということになります。

私はある日の平日、東京発で新大阪方面へ向かう新幹線に飛び乗りました。発車間際で危なかった・・・。そして目にしたのが、その自由席が思っていた以上に混雑していた、という現実でした。なんとか座れたものの、やっぱり混んでいて落ち着きません。もちろんJR東海にしてみれば人を満載したほうが儲かるのは分かりきっています。でも人間嫌いの私としては前後左右にびっしり人がいるのは快適には程遠いのでした・・・。

昔はこんなことはなかった気がします。少なくとも私の記憶では、平日の昼間であれば自由席に並んでいればだいたい座れました。もちろん大型連休や年末年始は別です。しかし普通の平日であれば、「指定席を取るほどではないが、自由席でも何とかなる」という絶妙なバランスが存在していたのです。

ところが今は違います。
ホームに立っていると、日本語よりも外国語のほうが多く聞こえてくることさえあります。大きなスーツケースを抱えた観光客の姿も珍しくありません。東京駅はもちろん、品川、新横浜、名古屋、京都といった主要駅では、ホーム全体がまるで国際空港のような雰囲気です。

それ自体は悪いことではありません。日本が観光地として人気を集めている証拠でしょうし、経済効果もあるでしょう。しかし利用者の一人として見ると、「ずいぶん時代が変わったなあ」という感慨を抱かずにはいられません。私はどちらかといえば、一人で静かに移動したい人間です。新幹線に乗る時間は、単なる移動時間ではありません。本を読んだり、車窓を眺めたり、ときにはうとうと眠ったりする貴重な時間でもあります。

ところが車内が満席に近い状態だと、どうしても落ち着きません。隣の席との距離が近い。前後左右を人に囲まれている。大きな荷物が頭上の棚にぎっしり詰まっている。通路を頻繁に人が行き来する。もちろん誰も悪くありません。皆それぞれの目的地へ向かっているだけです。

それでも私は、「空いている新幹線」というものにある種の贅沢さを感じてしまうのです。
思えば、鉄道会社は長年にわたって輸送効率を追求してきました。より多くの人を、より速く、より安全に運ぶ。それは公共交通機関として当然の使命です。そして利用者もまた、安くて便利なサービスを求めてきました。

しかし効率を極限まで高めた結果、人が隙間なく詰め込まれた空間が生まれるのだとしたら、それは本当に快適なのだろうか、そんなことを考えてしまいます。
結局のところ、この日の私は無事に座ることができました。目的地にも定刻通り到着しました。何一つ問題はありません。
それなのに、どこか釈然としない気持ちが残ったのです。

新幹線は間違いなく便利になりました。利用者も増えました。収益も向上しているのでしょう。
ただ、その代償として失われたものもあるのかもしれません。
車窓を流れる景色をぼんやり眺めながら、私はそんなことを考えていました。もしかすると私が懐かしんでいるのは、空いていた新幹線そのものではなく、人口が減る前の日本でも、インバウンドが増える前の日本でもなく、ただ「急がなくてもよかった時代の空気」なのかもしれません。