エドガー・ドガ(1834-1917)という画家がいます。一応印象派ということになっていますが、彼の画風はあまり印象派には見えません。でも上野の国立西洋美術館にも作品が展示されているほどで、その名声は世界中に轟いています。
彼の作品の多くにはバレエダンサーが登場します。しかし同時に、そのバレエダンサーを見守るおっさんが描かれているのもまた事実です。このおっさんは一体・・・? じつは当時は、裕福なおっさんがバレエダンサーを金銭的に支援する見返りに、彼女を囲い込むということが行われていました。まさかドガもそうなりたかったのか? ついそんなふうに邪推してしまいます。
実際のドガはどんな人だったのか、というと、「女性の顔をまともに見ることができなかった」と伝えられており、かなりの恥ずかしがり屋だったようです。そのせいか、案の定ドガの描く女性は正面から描かれているものがほとんどありません。

エドガー・ドガという画家を「コミュ障だったのだろうか」とあえて投げかけてみるのは、少し乱暴でありながらも、どこか本質に触れている気もします。ただし現代的な意味での対人関係の困難さをそのまま当てはめてしまうと、彼の人物像はかなり単純化されてしまいます。ドガは確かに社交的な画家ではありませんでしたが、完全に人付き合いを避けていたわけではなく、むしろ限られた人間関係の中では一定の交流を保っていました。
彼はパリの裕福な銀行家の家に生まれ、若い頃は法律を学びながらも早い段階で画家の道へ進んでいます。印象派の画家たちとも交流があり、グループ展にも参加していることから、外の世界との接点を断っていたわけではありません。ただその関わり方は、広く社交的に振る舞うというよりも、自分が興味を持てる相手や場面にだけ関わるという、かなり選択的なものだったと考えられます。
ドガの性格については、しばしば皮肉屋で頑固であり、他人との距離を保ちたがる人物だったと語られます。特に女性に対しては強い距離感を持っていたとも言われており、その延長線上で、彼が女性の顔を正面から描くことがほとんどない点が注目されることがあります。しかしそれを単純に恥ずかしがり屋だからと説明してしまうのはやや早計です。むしろ彼は人の視線や関係性の成立そのものに強い関心を持たず、その代わりに身体の動きや構図の面白さに集中していたようにも見えます。
バレエダンサーを描いた作品においても、彼が捉えているのは華やかな舞台上の完成された姿というよりも、稽古中の疲れた表情や、ふとした無防備な瞬間です。そしてその周囲には、しばしば裕福な男性の姿が描かれることがありますが、これは当時のパリのバレエ文化において、支援者である男性が稽古場や舞台裏に関わることが珍しくなかったという社会的背景を反映していると考えられます。そこに個人的な欲望や特別な意図を読み込むこともできますが、まずは当時の制度や空気感として理解することも必要です。
ドガの特徴は、人と深く関係を結ぶことよりも、観察することそのものに重心がある点にあるように思われます。正面から相手の表情を読み取るというよりも、横や背後からの視点、あるいは距離を置いた位置からの観察を好んでいるように見えます。そのため、彼の作品には温かい共感というよりも、やや冷静で鋭い視線が漂っています。
また晩年になると視力の低下もあり、彼はさらに内向的な生活へと移っていきますが、それでも制作意欲は衰えず、パステルや彫刻など表現の幅を広げていきます。この点からも、単に人間関係が苦手で閉じていった人物というよりは、外界との関わり方を自分なりに制御しながら、観察と表現の精度を高めていった人物と見る方が自然です。
結局のところ、ドガをコミュ障だったのかという問いで捉えると、その複雑さはこぼれ落ちてしまいます。彼は人間関係の中での親密さよりも、距離を取った観察の中にこそ確かな興味を見出していた画家であり、その視線のあり方こそが、バレエダンサーという主題をあれほど独特なものにしているのだと思われます。
彼はパリの裕福な銀行家の家に生まれ、若い頃は法律を学びながらも早い段階で画家の道へ進んでいます。印象派の画家たちとも交流があり、グループ展にも参加していることから、外の世界との接点を断っていたわけではありません。ただその関わり方は、広く社交的に振る舞うというよりも、自分が興味を持てる相手や場面にだけ関わるという、かなり選択的なものだったと考えられます。
ドガの性格については、しばしば皮肉屋で頑固であり、他人との距離を保ちたがる人物だったと語られます。特に女性に対しては強い距離感を持っていたとも言われており、その延長線上で、彼が女性の顔を正面から描くことがほとんどない点が注目されることがあります。しかしそれを単純に恥ずかしがり屋だからと説明してしまうのはやや早計です。むしろ彼は人の視線や関係性の成立そのものに強い関心を持たず、その代わりに身体の動きや構図の面白さに集中していたようにも見えます。
バレエダンサーを描いた作品においても、彼が捉えているのは華やかな舞台上の完成された姿というよりも、稽古中の疲れた表情や、ふとした無防備な瞬間です。そしてその周囲には、しばしば裕福な男性の姿が描かれることがありますが、これは当時のパリのバレエ文化において、支援者である男性が稽古場や舞台裏に関わることが珍しくなかったという社会的背景を反映していると考えられます。そこに個人的な欲望や特別な意図を読み込むこともできますが、まずは当時の制度や空気感として理解することも必要です。
ドガの特徴は、人と深く関係を結ぶことよりも、観察することそのものに重心がある点にあるように思われます。正面から相手の表情を読み取るというよりも、横や背後からの視点、あるいは距離を置いた位置からの観察を好んでいるように見えます。そのため、彼の作品には温かい共感というよりも、やや冷静で鋭い視線が漂っています。
また晩年になると視力の低下もあり、彼はさらに内向的な生活へと移っていきますが、それでも制作意欲は衰えず、パステルや彫刻など表現の幅を広げていきます。この点からも、単に人間関係が苦手で閉じていった人物というよりは、外界との関わり方を自分なりに制御しながら、観察と表現の精度を高めていった人物と見る方が自然です。
結局のところ、ドガをコミュ障だったのかという問いで捉えると、その複雑さはこぼれ落ちてしまいます。彼は人間関係の中での親密さよりも、距離を取った観察の中にこそ確かな興味を見出していた画家であり、その視線のあり方こそが、バレエダンサーという主題をあれほど独特なものにしているのだと思われます。
参考文献
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