オフィス街をいろいろ歩いていると、「昼食の選択肢」が充実しているエリアと、そうではないエリアがわりとはっきりしています。
神田とか新橋、御茶ノ水はかなりお店が多いです。とくに御茶ノ水界隈は学生の街だけあって選択肢が豊富。神保町まで足を伸ばすと、カレー屋がやたらと多くて毎日カレー三昧になれます。なる必要はありませんが。
一方で神谷町とか半蔵門は、いったいみんなどこでご飯を食べてるんだろうと一瞬不思議になります。かくいう私も先日半蔵門を平日の昼に訪れました。しかしコンビニも限られており、飲食店も少なく、これだけオフィスビルが立ち並んでいるのにみんなどこでご飯を食べているのだろうと不思議なことしきりでした。
半蔵門という街は、初見だと妙に「静か」です。もちろん人がいないわけではありません。平日の昼ともなればスーツ姿の会社員が大量に歩いていますし、皇居に近いこともあってランニング姿の人まで混ざっています。しかし、あの人数に対して飲食店の絶対数が少ない。新橋なら路地裏から次々と定食屋や居酒屋ランチが湧いてきますが、半蔵門はそういう雑然とした生命力がかなり抑制されています。
おそらく土地柄なのでしょう。大企業の本社、各種団体、出版社、さらには高級感のあるマンションも混在していて、「昼飯を安く大量に供給する街」というより、「静かに仕事をする街」という雰囲気が強い。裏を返せば、チェーン店が過剰に密集していないので、歩いていてもどこか整然としています。悪く言えば地味ですが、良く言えば落ち着いている。
しかし、昼食難民になりかけた身としては、落ち着いている場合ではありません。
とりあえず周囲を歩いてみると、いくつかパターンが見えてきました。まず、オフィスビル内部に社員食堂やカフェテリアを抱えているケース。外から見ると「この辺、店が全然ないな」と思うのですが、実際にはビルの中で完結しているわけです。部外者は利用できなかったりしますから、街を歩く人間からは存在感が見えません。
次に、キッチンカー。最近のオフィス街ではかなり重要な存在になっています。半蔵門でも昼時になるとビル前に何台か並び、カレー、丼もの、ガパオライスなどを販売していました。価格は800円前後。昔の感覚だと「弁当に800円か?」となりますが、都心ではもはや標準的な価格帯です。しかも回転はかなり速い。みんな慣れた様子で列に並び、数分で購入して去っていきます。
さらに興味深かったのは、「少ない店に人が集中することで、逆に街のリズムが形成されている」という点です。選択肢が豊富な神田や御茶ノ水では、人の流れが分散します。しかし半蔵門では、限られた数軒に大量の人が向かうため、「この店がこの街の胃袋を支えているのだな」という妙な存在感が生まれています。
それにしても、オフィス街の昼食事情というのは、その街の性格がかなり露骨に出ます。神保町なら「昼休みくらい好きなものを食え」という自由さがあり、新橋には「とにかく早く安く腹を満たせ」というサラリーマン文化がある。一方、半蔵門はどこか抑制的で、整然としていて、悪く言えば遊びが少ない。昼食ひとつ取っても、その街の空気感は意外なくらい伝わってくるものです。
なお、結局その日の私はどうしたかというと、かなり歩いた末にチェーン系の店へ入りました。「せっかく半蔵門まで来たのだから名店を開拓したい」という気持ちはありましたが、空腹時の人間にそこまでの気力はありません。昼食とは文化論である以前に、まず生存の問題なのです。
おそらく土地柄なのでしょう。大企業の本社、各種団体、出版社、さらには高級感のあるマンションも混在していて、「昼飯を安く大量に供給する街」というより、「静かに仕事をする街」という雰囲気が強い。裏を返せば、チェーン店が過剰に密集していないので、歩いていてもどこか整然としています。悪く言えば地味ですが、良く言えば落ち着いている。
しかし、昼食難民になりかけた身としては、落ち着いている場合ではありません。
とりあえず周囲を歩いてみると、いくつかパターンが見えてきました。まず、オフィスビル内部に社員食堂やカフェテリアを抱えているケース。外から見ると「この辺、店が全然ないな」と思うのですが、実際にはビルの中で完結しているわけです。部外者は利用できなかったりしますから、街を歩く人間からは存在感が見えません。
次に、キッチンカー。最近のオフィス街ではかなり重要な存在になっています。半蔵門でも昼時になるとビル前に何台か並び、カレー、丼もの、ガパオライスなどを販売していました。価格は800円前後。昔の感覚だと「弁当に800円か?」となりますが、都心ではもはや標準的な価格帯です。しかも回転はかなり速い。みんな慣れた様子で列に並び、数分で購入して去っていきます。
さらに興味深かったのは、「少ない店に人が集中することで、逆に街のリズムが形成されている」という点です。選択肢が豊富な神田や御茶ノ水では、人の流れが分散します。しかし半蔵門では、限られた数軒に大量の人が向かうため、「この店がこの街の胃袋を支えているのだな」という妙な存在感が生まれています。
それにしても、オフィス街の昼食事情というのは、その街の性格がかなり露骨に出ます。神保町なら「昼休みくらい好きなものを食え」という自由さがあり、新橋には「とにかく早く安く腹を満たせ」というサラリーマン文化がある。一方、半蔵門はどこか抑制的で、整然としていて、悪く言えば遊びが少ない。昼食ひとつ取っても、その街の空気感は意外なくらい伝わってくるものです。
なお、結局その日の私はどうしたかというと、かなり歩いた末にチェーン系の店へ入りました。「せっかく半蔵門まで来たのだから名店を開拓したい」という気持ちはありましたが、空腹時の人間にそこまでの気力はありません。昼食とは文化論である以前に、まず生存の問題なのです。
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