私たちは、とくに若い時に特定の固有名詞を耳にするとそこから様々なイメージを拡げていく傾向があります。たとえば「ローエングリン」「ガラドリエル」「ニムロッド」「オデュッセウス」。こういう神秘的な響きからいろんなことを頭の中でイメージしていくわけですね。
作曲家・武満徹は『音、沈黙と測りあえるほどに』という著作の冒頭において次のように述べています。
開戦の年の十二月八日には、きみは幾歳だったか? ぼくは十歳。プリンス・オブ・ウェルズ号が海に沈められたという報せはぼくのイメージをかきたてた。それはぼくの内部で豪華に膨れ上がった。やがて惨めたらしい豆粕を喰わされて、ぼくたちは動員の基地で黒い牡牛を屠殺した。(中略)ぼくは、ぼくの豪華なプリンス・オブ・ウェルズ号を再建しなければならない。ぼくの仕方で鉄骨を組んで、ぼくの手で鋲を売って、ぼくのイマジナリーな設計図を証したい。プリンス・オブ・ウェルズ号のイメージはぼくを訪れた最初の近代のイメージだからだ。死んだような日々のなかでそれだけが鮮やかだった。
ここでいうプリンス・オブ・ウェルズ号とは、イギリス海軍が東洋に派遣していた戦艦プリンス・オブ・ウェールズのことを指します。太平洋戦争のごく初期の段階のマレー沖海戦において日本軍の航空攻撃により撃沈されました。
おそらく武満少年はこの軍艦について新聞の白黒写真を見たことがある、といった程度だったでしょう。でもこの美しい名前を持つ船が海底に沈んだということから想像を拡げ、創作の糧にしていったことが伺われる興味深い記述となっています。
こうした「名前から立ち上がるイメージ」の力は、単なる連想遊びにとどまりません。むしろ、それは個人の内面における創造の原初的な装置であり、現実の貧しさや制約を越えて世界を再構築するための足場となります。武満が語る「豪華に膨れ上がった」イメージは、現実の戦時下の欠乏や抑圧と鋭い対比をなしており、だからこそ一層強い輝きを帯びていたのでしょう。
興味深いのは、彼がそのイメージを単なる夢想として終わらせず、「再建しなければならない」とまで言い切っている点です。ここには、受動的に与えられた印象を、能動的な創作へと転化しようとする意志が見て取れます。名前という音の断片、新聞の写真という限られた視覚情報。それだけを材料にして、彼は自分自身の内部に「もうひとつの現実」を築こうとしているのです。
これは作曲家に限った話ではありません。文学、絵画、あるいは日常の思考においても、私たちは同じような働きを経験しています。たとえば異国の地名を耳にしたとき、実際に訪れたことがなくとも、そこには風の匂いや光の色、そこに生きる人々の気配までが、半ば無意識に立ち上がってくる。その像はしばしば現実とはかけ離れているかもしれませんが、それでもなお、その人にとっては確かな「内的現実」として機能します。
そして重要なのは、この内的現実こそが、やがて外の世界と出会い直す契機になるという点です。武満にとっての「プリンス・オブ・ウェールズ号」は、歴史的事実としての軍艦である以前に、彼自身の感性によって再構成された象徴でした。その象徴を起点として、音楽というかたちで世界を捉え直していく・・・、そこに、創作の根源的な営みがあるように思われます。
私たちが若い頃に出会ったいくつかの名前や言葉が、なぜいつまでも記憶に残り続けるのか。それは単に響きが美しかったからではなく、その背後に自分自身のイメージを豊かに注ぎ込んだからではないでしょうか。言い換えれば、それらはすでに「他人の言葉」ではなく、「自分の内側で生成された風景」として定着しているのです。
そう考えると、言葉とは本来、意味を伝達するための記号であると同時に、個々人の内部で世界を生成するための種子でもあると言えるでしょう。そしてその種子がどのように芽吹くかは、受け手の経験や感受性に大きく委ねられている。武満の回想は、そのことを鮮烈に示しているように思えます。
興味深いのは、彼がそのイメージを単なる夢想として終わらせず、「再建しなければならない」とまで言い切っている点です。ここには、受動的に与えられた印象を、能動的な創作へと転化しようとする意志が見て取れます。名前という音の断片、新聞の写真という限られた視覚情報。それだけを材料にして、彼は自分自身の内部に「もうひとつの現実」を築こうとしているのです。
これは作曲家に限った話ではありません。文学、絵画、あるいは日常の思考においても、私たちは同じような働きを経験しています。たとえば異国の地名を耳にしたとき、実際に訪れたことがなくとも、そこには風の匂いや光の色、そこに生きる人々の気配までが、半ば無意識に立ち上がってくる。その像はしばしば現実とはかけ離れているかもしれませんが、それでもなお、その人にとっては確かな「内的現実」として機能します。
そして重要なのは、この内的現実こそが、やがて外の世界と出会い直す契機になるという点です。武満にとっての「プリンス・オブ・ウェールズ号」は、歴史的事実としての軍艦である以前に、彼自身の感性によって再構成された象徴でした。その象徴を起点として、音楽というかたちで世界を捉え直していく・・・、そこに、創作の根源的な営みがあるように思われます。
私たちが若い頃に出会ったいくつかの名前や言葉が、なぜいつまでも記憶に残り続けるのか。それは単に響きが美しかったからではなく、その背後に自分自身のイメージを豊かに注ぎ込んだからではないでしょうか。言い換えれば、それらはすでに「他人の言葉」ではなく、「自分の内側で生成された風景」として定着しているのです。
そう考えると、言葉とは本来、意味を伝達するための記号であると同時に、個々人の内部で世界を生成するための種子でもあると言えるでしょう。そしてその種子がどのように芽吹くかは、受け手の経験や感受性に大きく委ねられている。武満の回想は、そのことを鮮烈に示しているように思えます。
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