2026年3月28日に浜離宮朝日ホールで開催された「川畠成道チャリティプログラム2026 ヴァイオリン・リサイタル」。今年は神、悪魔、精霊など神秘的なものにちなんだ作品を中心にプログラムが構成されていました。
1曲目はタルティーニ「悪魔のトリル」。2曲目はベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」。休憩をはさんで3曲目にメシアン「主題と変奏」、その後グルック「メロディ」、エルンスト「シューベルトの「魔王」の主題による大奇想曲」、グノー「アヴェ・マリア」、パガニーニ「モーゼ幻想曲」。

「悪魔のトリル」は先月の埼玉会館のリサイタルでも取り上げられていました。とはいえ浜離宮朝日ホールの音響で聴くこのバロックのソナタは極上。ただ、どうにもこうにも曲が曲だけに随所に不吉な響きが顔を出します。これはそういう曲なのです。川畠成道さんの本来持っているトーンがこの曲にフィットするのでしょうか、哀愁漂う中にあのトリルが鳴り響くのは、2枚目のアルバム「アヴェ・マリア」に収録されている演奏と同じです。

「クロイツェル・ソナタ」。「悪魔のトリル」に続けてこれはかなり削られるはずです。ピアノと丁々発止の殴り合い(?)を繰り広げる第1楽章。一応イ長調ということになっていますがイ長調本来の性格を完全に裏切ったような内容で調性の「意味」が意図的に歪められているといってもよいでしょう。客席で聴いているだけでくたびれます。第2楽章は、ヘ長調であるもののここもベートーヴェンの緩徐楽章が時折そうであるように完全な寛ぎとは言い難い雰囲気。そして怒涛の第3楽章へ。この日の演奏はそうした闘争的な側面に焦点を当てたものであったと思います。

メシアン「主題と変奏」。初めて耳にする作品です。現代音楽というとなんだか敬遠しがちですが(実際問題、わけがわからない作品が多いので)、こちらはわりと聴きやすい。家に帰ってこの記事を書いているとどんな作品だったのかはっきりと思い出せませんが、いつかまた別の機会に聴いてみたいと感じたことは確かです。

グルック「精霊の踊り」。やはり川畠成道さんの演奏だとやや切なさが漂います。同じ楽譜を使っているはずなのに、ヴァイオリニストによって音色が違うのは、つまりそれが個性というものなのでしょう。

エルンスト「シューベルトの「魔王」の主題による大奇想曲」。これも先月の埼玉会館でのリサイタルでも取り上げていた1曲。ヴァイオリン作品のなかでも最も難しいと言われるもの。三連符を延々と演奏しなければならないという苦痛。父になったり魔王になったり子供になったりと、私ならたとえ弾けるとしても弾きたくないです。そもそも私が弾けるレベルに到達するなんてあと100年かかっても無理ですが。川畠成道さんは今回も登場人物の個性を描き分けて演奏していました。これはもう脱帽でしょう。

グノー「アヴェ・マリア」は川畠成道さんの名刺代わりといってもよい曲でしょう。デビュー以来繰り返し演奏してきたこの曲の瑞々しさはデビュー30周年を控えた今でも変わりません。演奏のたびに客席が一段と静かになるのも同じです。これからも節目節目で取り上げていただきたい曲です。

パガニーニ「モーゼ幻想曲」。G線1本で演奏しなければならないというセルフ経済制裁のような作品。素直に4本の弦を使えばいいのですが「1本で弾ける俺ってすごい」とパガニーニは言いたかったのでしょう。そういうことを繰り返した結果自分が悪魔じゃないかと疑われてしまうなんて皮肉なものです。ともあれ珍しいこの曲、私も実演で聴くのは初めてでした。しかしG線だけで一つの世界を作り出してしまうのは信じられないことです。うーむ自分もあんな感じで音程を正確に取ることができたらと羨ましがることしきりです。

アンコールにポンセ「エレストリータ」、バッハの「アリア」。難技巧の曲のあとに静謐感ある作品が来るのは嬉しいものです。とくにバッハの「アリア」は沈み込むような深い世界が示されていました。そうです、私はこういう音楽が欲しかったのです。別に大きな音がしなくてもいい。派手でなくてもいい。ただ一つの世界をじっと見つめ、その中へ没入できるような音楽が・・・。

余談ながら演奏会終了後、猛烈な空腹感を感じて(それだけ演奏会で集中していたのでしょう)ホール隣のローソンに入るもののおにぎりもパンも何一つ売っておらず(オフィスビルの中のお店なので休日は必然的にそうなってしまうのでしょう)、私はササッと帰宅してゆで卵と魚肉ソーセージを食べたのでした。