クラシックのコンサートに行くと、たまに「アンケートにご協力を」という用紙を受け取ることがあります。これは、使い捨てのプラスチック鉛筆もセットで渡されるのが「あるある」です。ほかにも簡易鉛筆、ゴルフ鉛筆、アンケート鉛筆、スコア鉛筆、使い捨て鉛筆など、様々な名前が付いています。パソコンはパソコン、マウスはマウスなのにこの鉛筆だけ名前がたくさんあって紛らわしい・・・。

しかし。そもそもアンケートに答える人自体たぶん少数派です。ということはこの鉛筆はその使命を果たす機会が一度も与えられないまま、廃棄されているということが伺われます。
私の場合はしっかり持って帰って、ヴァイオリンの練習をするときの楽譜への書き込みに利用しています。楽譜への書き込みはシャープペンシルだと消しゴムで消しづらいので、2Bくらいの鉛筆を使うのがベストとされています。

ところで、この鉛筆ですがアマゾンだと100本セットで780円くらいで販売されています。仮に500人入るホールでの催しだと鉛筆の仕入れだけで4,000円くらいのコストが発生しているわけですね。
そしてその鉛筆をアンケート用紙にセットする(たぶんアルバイトの)人件費もコストです。

そしてこの手の鉛筆が配布されがちなのは、たいていは自治体主催のイベント。つまり税金が投入されています。鉛筆を使って筆記で回答するのではなくて、Googleフォームとかで答えるということにすればもっとチケットの値段を安くできたんじゃないの、とちょっと突っ込みたくなります。

もちろん、紙と鉛筆によるアンケートには、それなりの合理性もあるでしょう。高齢の来場者にとってはスマートフォン入力よりも手書きのほうが心理的ハードルが低いかもしれませんし、終演直後のロビーでその場で回収できるという即時性もあります。回答率という観点では、QRコードを読み込んで「あとでやろう」と思われるより、紙を手渡されるほうが有利なのかもしれません。

しかしそれでも、あの大量の短い鉛筆が並ぶ光景を見ると、どうしても少し複雑な気持ちになります。客席に置かれたまま回収されず、あるいは未使用のまま束ごと廃棄されるであろう鉛筆たち。資源価格が上がり、環境負荷が問題視される時代に、果たしてこの仕組みは最適なのかと考えてしまうのです。(未使用の鉛筆を回収するボックスが設置されることもあります。)

しかもアンケートの集計もまた、人の手で入力し直しているとすれば二重の手間です。紙で回収し、結局データ化するのであれば、最初からデジタルで取得したほうが合理的ではないか。自治体主催の事業であればなおさら、コストの透明性や効率性は重要なはずです。

とはいえ、私はあの鉛筆を完全に否定する気にもなれません。ヴァイオリンの楽譜に2Bでさらさらと指使いを書き込むとき、あの柔らかな書き味は実に都合がいいのです。ある種の「再利用」によって、鉛筆は第二の人生を与えられているとも言えます。

結局のところ問題は、モノそのものではなく「仕組み」なのでしょう。漫然と配るのではなく、希望者のみ配布する、回収箱を設けて再利用する、あるいは紙とデジタルを併用するなど、工夫の余地は少なくないとは思うのですが・・・。