これまたタイトルのとおりです。バレエ公演を行うようなホールたとえば新国立劇場とか東京文化会館とかだと、客席の床に傾斜がついています。したがって、1F席後方であっても、前方と比べるとある程度高さがあります。このおかげで、「前の奴の後頭しか見えね~」という現象を回避することができます。

2F以上の席についても同様で、傾斜があるおかげで舞台を見下ろすことができるようになっています。

これはバレエというものが視覚で楽しむ芸術だから当然であって、バレエを見に来たのに何も見えない、という状況だと「俺って一体・・・」という感覚に陥ってしまいます。

しかし某月某日の私は、バレエ公演・・・といっても乳幼児も入場可のどちらかというと啓蒙的な内容の催しに出かけて行きました。会場は「〇〇ホール アートサロン」。行ってみて驚きました。というか来る前に気づけよって感じですが、床がフラットなのでそれこそ「前の奴の後頭しか見えね~」状態なのです。

前から5列目くらいの座席に座っていましたが、もう視野の7割は前の奴の後頭にブロックされてしまい、バレエダンサーが何を踊っているのかほとんどわかりません。これは・・・、AKB劇場で変な席(柱の後ろとか)に座ってしまったときよりも辛い状況です。

乳幼児も入場可、という時点である程度の予感はあったはずなのに、私はそれを都合よく無視していたのかもしれません。「ホール」という言葉に、勝手に劇場のような傾斜のある客席を想像してしまっていたのです。しかし実際は「アートサロン」。サロンとは本来、談話や小規模な演奏、講座などを想定した空間であって、本格的な舞台芸術を鑑賞するための劇場とは性格が異なります。

フラットな床というのは、用途によっては実に合理的です。椅子を並べ替えれば講演会にも展示会にも対応できますし、子どもが出入りしやすいという利点もあります。バリアフリーの観点から見ても優れているでしょう。けれども、ことバレエとなると話は別です。踊りは立体的な芸術です。跳躍の高さ、脚のラインなどなど。それらは舞台全体を見渡してこそ意味を持ちます。視界の大半を他人の後頭部に占拠された状態では、ダンサーの足先どころか、いま何が起きているのかさえ把握しづらいのです。

しかも乳幼児可の公演です。途中で立ち上がる子ども、ぐずる声、それをあやす親御さんの動き。これはこれで微笑ましい光景ではありますが、もともと視界が制限されている状況では、どうしても客席の動きのほうに意識が向いてしまいます。私はいったい何を観に来たのだろうか、という感覚がふと頭をよぎりました。

もちろん、主催者や会場が悪いわけではありません。用途に応じた空間設計があるだけの話です。問題は、私が「バレエ公演」という言葉だけで劇場仕様を想定してしまったことにあります。

今後はチケットを取る前に、会場名をきちんと確認しようと思います。「劇場」なのか、「ホール」なのか、「サロン」なのか。客席に段差はあるのか。写真は公開されているのか。舞台との距離感はどうか。たったそれだけの確認で、「前の奴の後頭しか見えね~」という事態は避けられたはずです。

床がフラットな空間は万能ではありません。催しによっては致命的に見づらい場合もあります。芸術体験の質は、演目そのものだけでなく「箱」にも大きく左右されます。会場名からその空間の性格を察知すること。それもまた、観客に求められる小さくも重要な心得なのだと思います。