私は何年も何年も、クリップ式デジタルチューナーを使ってヴァイオリンのチューニングをしていました。ギターを弾いていたときは誰もがデジタルチューナーを使っていましたが、「なんて画期的な道具なんだ! これを使わない手はない!!」、そう思ってヴァイオリンでも引き続き利用していたのです。
たしかに便利です。何しろA、D、G、Eの音からどれくらいずれているかを視覚的に確認することができます。しかもものすごく小さいのでヴァイオリンケースに問題なく収まる大きさ。これで980円くらいなのですから文句は何一つありません。
しかしだいぶ後になって・・・、というかつい最近になって、そもそもギターのチューニングとヴァイオリンのチューニングは完全に別物であって、ヴァイオリンのチューニングにあたってはデジタルチューナーを使うのは好ましくないということを知りました。
真偽の程はともかくとして、その意見を表明している方はかなり名のしれたヴァイオリン工房の方だったので、こりゃまずいな、と思いました。この方が推奨しているのは音叉を使ったチューニング。442ヘルツの音叉の音をしっかり聴いてからAの音をチューニングし、Aと溶け合うようにDの音を合わせ、Dの音溶け合うようにGの音を合わせて最後にAとEが溶け合うようにEの音をチューニングするのがよいとか。
・・・というわけで、慌ててAmazonで音叉を取り寄せて使ってみることにしたわけです。
結果として、音叉というのは常に正しく442ヘルツの音を発するということがわかりました(音叉の音をデジタルチューナーで測定したんです)。これに常に合うようにAの音を合わせ、他の弦の音が隣接している弦の音と溶け合うようにチューニングすることで、正しい音程感覚を身につけるのがどうやら狙いのようですね。コンクールでも、誰が次の選考に進めるかはチューニングを聴いていると大体わかると言われていますから、ヴァイオリンは音程こそが生命線なのでしょう。辛いが。
ここで重要なのは、「音叉 vs デジタルチューナー」という「どっちがいいのか」に単純化しないことだと思います。問題は道具そのものではなく、何を基準に耳を育てているかという一点に尽きるのでしょう。デジタルチューナーは絶対音高を瞬時に提示してくれますが、その一方で、耳が「音の関係性」を判断する機会を奪ってしまう危険もあります。針が真ん中に来たかどうかを目で確認して終わり、というチューニングを何年も続けていれば、そりゃあ耳は育たないですね。だから私はずっと下手なんですね、きっと・・・。
ヴァイオリンという楽器は、当たり前ですが平均律の上で生きているわけではありません。Aが442ヘルツという一点を出発点にしつつ、完全五度がどう響くか、うなりが消える瞬間はどこか、倍音がどう重なるかといった、「揺らぎ」を含んだ世界で成立している楽器です。音叉を鳴らし、Aを取り、そこから隣の弦へと音を渡していく作業は、単なる準備運動ではなく、すでに音楽そのものなのだと思います。だから私は(以下略)。
実際、音叉でチューニングした直後にスケールを弾くと、これまでとは明らかに違う感覚が立ち上がってきます(そんな気がします。うっすらと)。音程が合っているかどうかを「確認」するのではなく、「これは合っていない」と身体が拒否する感じが生まれる(これもそんな気がします)。これはかなり不快だ、と言えればきっと上級者。辛い。しかし、この不快さこそが、ヴァイオリンを弾く上で避けて通れない感覚なのだとも思います。
便利な道具は、わりと簡単に大事な能力を肩代わりしてくれます。デジタルチューナーは悪者ではありませんが、少なくともヴァイオリンに関して言えば、常用すべきものではないのでしょう。音叉でのチューニングは時間もかかるし、最初は不安にもなります。それでも、その不確かさの中で耳を使い続けること自体が、演奏の質を静かに底上げしていくしかないのでしょう。最近は、そんな気がしています。でも働いてて時間がないと無理ゲーな気もします・・・。
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