私は以前マッチングアプリを使っていました。その時の体験はこのブログに散々書き連ねました。要するにろくな体験をしなかったので「使っていました」と過去形にしました。今はもうやっていません。不愉快な経験があまりに多かったからです。

今日ふと思い出したのは、食事を私から奢られて、あとで文句をいう奴。自分は出費ゼロで済んでいるのですが、にもかかわらず「店のチョイスが良くない、云々」と言ってくるのでした。えっお前、1円たりとも払ってないのにそんなこと言うのか? かなり衝撃を受けました。

一体なぜあの立場で文句を言えたのでしょうか。すごく失礼なやつだなと開いた口が塞がりませんでした。

あの瞬間、私の中で何かが決定的に冷えたのを覚えています。私が奢ったという話を美談にしたいわけではありません。ただ、最低限の礼節というものが、この人には存在しないのだな、と理解してしまったのです。金額の多寡ではなく、態度の問題です。自分が一切のコストを負担していない場で、相手の選択を後講釈で貶すという厚かましさに、正直なところ言葉を失いました。

マッチングアプリという仕組みは、表向きは「対等な出会い」を装っていますが、実態はかなり歪んでいます。少なくとも私の体験上、初回の食事代はほぼ自動的に男性側が負担する前提で進行します。店選びも予約も支払いもこちら。時間もお金も使う。そのうえで「楽しくなかった」「店が微妙だった」と評価される。これは出会いというより、採点と消費に近い感覚でした。

もちろん、礼儀正しく感謝を示してくれる人もゼロではありませんでした。しかし、残念ながら割合としては少数派でした。奢られることが当然、もてなされて当然、という空気(前提?)がどこかにあり、それを疑問に思わない人が一定数いる。そうした態度に何度も触れるうちに、「もういいや」と気持ちが離れていくのは自然な流れでしょう。

よく「男性がケチだから結婚できない」「女性にお金を使えない男が増えた」といった言葉を目にしますが、私は逆だと思っています。使うに値しない場面があまりにも多いのです。敬意も感謝もなく、対話も成立しない相手に、なぜこちらだけがコストを払い続けなければならないのか。その問いに、誰も納得のいく答えをくれませんでした。

こうした構造の延長線上に、婚姻数の減少があるのだとしたら、驚くには当たりません。出会いの入口で、片方にだけ負担と我慢を強いるシステムが長続きするはずがないからです。失礼な態度に呆れ、疲弊した人間が市場から黙って撤退していく。その結果として数字が下がっているのだとすれば、それは個人の問題というより、仕組みの問題でしょう。

私はもうマッチングアプリを使っていませんし、今後も使うつもりはありません。あの経験から得た教訓は単純です。敬意を欠いた出会いは、人を幸せにしませんし、むしろ、人を冷めさせ、遠ざけるのです。その現実から目を背けたまま「なぜ結婚しないのか」と嘆いても、答えは出ないのではないでしょうか。