ここ数か月、チェスにハマっています。将棋でも囲碁でもなくチェスなのは謎ですが、とにかくハマっています。友だちがいなくてもオンラインチェスならBotと対戦できます。ひと昔前はオンラインチェスといっても対戦できるのは「世界のどこかで、いまオンライン状態にある人」だったのですが、今はBotがチェスのルールを熟知しているので無人でもOK。いやはや便利な時代になりましたね。
そして覚えるべき定石も今ではネットで公開されているので、ルイ・ロペスとかジォッコ・ピアノのようなパターンを何度かBot対戦で覚えることができます。昔は本を買ってくるとか借りてくるとかが必須でしたが、今ならネットで見ながらBot相手でいろんなパターンを学習できます。「上達の高速道路」を淡々と走るだけ。こりゃ便利だ・・・。
チェスの面白いところは、将棋とは異なって、倒した相手の駒を自軍の兵として再利用不可能なこと。戦死したらそれで終わりです。ある意味潔いです。これって人生と同じで、失敗したら時間を巻き戻せないので、それでも最善の手をそのあと打ち続けるしかありません。
その意味で、チェスはやけに「後戻りのきかない世界」を突きつけてくるゲームだと思います。ポーン一枚の軽率な前進が、十数手後に取り返しのつかない劣勢を生むこともある。ナイトの一手の遅れが、クイーンの退路を塞ぎ、気づいたときには詰み筋が完成しています。やっべ~。盤面を眺めながら、「ああ、あのときああしていれば」と思う瞬間は、現実の人生で過去を振り返る感覚と驚くほど似ています。
ただしチェスが面白いのは、どれほど悪い局面でも「その時点での最善手」は必ず存在する、という前提で進行する点です。完全に負けが確定しているように見える局面でも、相手が人間であれBotであれ、こちらは淡々と最善を尽くすしかありません。投げやりになった瞬間に負けは確定するし、逆に粘り続けることで、相手のミスという僅かな光が差し込むこともあるわけですね。さっきプレイしたらBotがクイーンを捨てるような手を打ってきました。人間の行動もだいたいそんなもんやね、と盤面を見ながら思います。
将棋のように「取った駒を使える」世界は、どこか希望に満ちています。失ったものが形を変えて戻ってくる可能性があるわけですから。一方でチェスは、失われたものは二度と戻りません。その代わり、残された駒たちの配置と連携次第で、局面はいくらでも再構築できる。クイーンが落ちても、ビショップとルークが噛み合えば、意外な攻撃力を発揮することがある。この「手持ち資源でどう戦うか」という感覚も、現実世界とよく似ています。
Bot相手のチェスは感情を挟まない分、こちらの思考の癖や弱点を容赦なく照らし出します。焦ると雑になる、守勢に回ると視野が狭くなる、あるいは「美しい一手」を狙いすぎて安全確認を怠る。盤面は嘘をつきません。負けた理由は必ずどこかにあり、たいていは自分の中にあります。その潔さが、負けたあとも不思議と後味を悪くしない理由なのかもしれません。
こうして今日も、特別な観客も拍手もないまま、盤上で小さな勝敗を積み重ねています。勝っても負けても、ログだけが静かに残ります。それでも次の一局を始めてしまうのは、チェスが「うまく生きるための思考訓練」として、思いのほか誠実な遊びだからでしょう。巻き戻せない世界で、次の一手を考え続ける。その練習台として、これほど都合のいいゲームは、なかなかありません。
ただしチェスが面白いのは、どれほど悪い局面でも「その時点での最善手」は必ず存在する、という前提で進行する点です。完全に負けが確定しているように見える局面でも、相手が人間であれBotであれ、こちらは淡々と最善を尽くすしかありません。投げやりになった瞬間に負けは確定するし、逆に粘り続けることで、相手のミスという僅かな光が差し込むこともあるわけですね。さっきプレイしたらBotがクイーンを捨てるような手を打ってきました。人間の行動もだいたいそんなもんやね、と盤面を見ながら思います。
将棋のように「取った駒を使える」世界は、どこか希望に満ちています。失ったものが形を変えて戻ってくる可能性があるわけですから。一方でチェスは、失われたものは二度と戻りません。その代わり、残された駒たちの配置と連携次第で、局面はいくらでも再構築できる。クイーンが落ちても、ビショップとルークが噛み合えば、意外な攻撃力を発揮することがある。この「手持ち資源でどう戦うか」という感覚も、現実世界とよく似ています。
Bot相手のチェスは感情を挟まない分、こちらの思考の癖や弱点を容赦なく照らし出します。焦ると雑になる、守勢に回ると視野が狭くなる、あるいは「美しい一手」を狙いすぎて安全確認を怠る。盤面は嘘をつきません。負けた理由は必ずどこかにあり、たいていは自分の中にあります。その潔さが、負けたあとも不思議と後味を悪くしない理由なのかもしれません。
こうして今日も、特別な観客も拍手もないまま、盤上で小さな勝敗を積み重ねています。勝っても負けても、ログだけが静かに残ります。それでも次の一局を始めてしまうのは、チェスが「うまく生きるための思考訓練」として、思いのほか誠実な遊びだからでしょう。巻き戻せない世界で、次の一手を考え続ける。その練習台として、これほど都合のいいゲームは、なかなかありません。
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