フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」はあまりにも有名な作品です。私も2025年夏にオランダとベルギーを旅行し、ハーグに立ち寄った際にマウリッツハイス美術館で鑑賞しました。


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この画像はそのとき撮影しました。けっこうガラガラで、間近に近寄って心ゆくまで鑑賞することができました。美術館を立ち寄る時に、「たぶんこの作品を見ることは今後ないんだろうな」という予感がしていました。なにしろ前回オランダを旅したのが2003年。それから22年の歳月が流れました。その間にあったのは日本経済の地盤沈下であり、どこに行っても「高い!」の連続でした。

そして2026年になって、この「真珠の耳飾りの少女」が来日することを知りました。

オランダの黄金時代の美術を代表する画家フェルメール(1632~75)の最高傑作の1つ、オランダのマウリッツハイス美術館の至宝《真珠の耳飾りの少女》の来日が決定。8月21日から9月27日まで、大阪中之島美術館で展覧会を開催。
《真珠の耳飾りの少女》は、約120万人を動員した2012年の「マウリッツハイス美術館展」(朝日新聞社など主催)以来、実に14年ぶりの日本での公開。
マウリッツハイス美術館のマルティネ・ゴッセリンク館長は「この《少女》の旅は、日本の皆さまに彼女を送り届けられる、おそらくは最後となるであろう特別な機会です」と話す。
この貴重な機会をどうぞお見逃しなく!

(フェルメール展公式サイトより)
・・・ってよく読むと「おそらくは最後となるであろう特別な機会」って書いてますね。もう日本は相手にしません、これからは中国で展覧会やりますね、ってことが言いたいんでしょうか。2026年8月21日(金)から9月27日(日)まで大阪中之島美術館(大阪市)で開催する展覧会で公開され、詳細情報は2月下旬ごろに発表する予定となっています。マウリッツハイス美術館の改修工事の間に展示をするようです。

この「最後かもしれない」という言葉に、私は強く心を掴まれました。もちろん、それは広報上の常套句でもあるでしょう。しかし、実際にハーグでこの絵を前にした経験を思い返すと、決して大げさとも言い切れない重みを感じます。

「真珠の耳飾りの少女」は、実際に目にしてみるとサイズも主題も驚くほど慎ましい作品です。宗教画でも歴史画でもなく、名もなき少女の一瞬のまなざし。ただそれだけなのに、こちらの時間を吸い取り、言葉を奪う力がある。ガラス越しに眺めながら、「次に会えるのはいつだろう」と考えたとき、自然と「もうないかもしれない」という感覚がよぎりました。実際、その予感は半ば当たっていたわけです。(半分は外れましたが。)

22年ぶりのオランダ旅行が実現したのは、偶然と決断の積み重ねでした。経済状況、為替、体力、家族の事情など、どれか一つでも違っていれば、私はマウリッツハイスを訪れていなかったでしょう。文化に触れる機会というのは、いつでもあるようで、実は非常に脆いものです。「今は忙しい」「また次がある」と先送りしているうちに、次そのものが消えてしまうのってよくある話です。

日本の経済的地位が相対的に低下し、世界的な名品が今後も同じ頻度で来日する保証はありません。輸送コストや保険料、受け入れ側の財政事情を考えれば、なおさらです。だからこそ、今回の来日は「行ける人が行けばいい」類の話ではなく、「行けるなら行くべき」機会だと思います。

絵は逃げません。しかし、私たちの時間は確実に減っていきます。「真珠の耳飾りの少女」が日本にいる、その短い夏。もし少しでも心が動いたなら、その感覚を信じて足を運ぶべきでしょう。最後の機会かどうかは、未来にならなければ分かりません。ただ、「行かなかった後悔」だけは、確実に残るのです。