岡山大学鹿田キャンパスの敷地内にあるJunko Fukutake Hallにて2026年1月14日(水)に行われた「珠玉の室内楽Ⅱ New Year Concert」。主に若手弦楽器奏者によって構成されている八重奏団による演奏会でした。
プログラム前半はヨハン・シュトラウス2世によるワルツおよびポルカ、後半はメンデルスゾーンの『弦楽八重奏』。
「常動曲」を皮切りに始まったこの演奏会は、当初は細かいフレーズに差し掛かると「?」と一瞬感じることもありましたが、次第にアンサンブルの緻密さが感じられ、音符の一つ一つを慈しむように奏でられているように演奏されている様子を堪能することができました。とくに前半最後の喜歌劇『こうもり』からのワルツでは前進感あふれるニューイヤーらしい雰囲気が出ており、楽しいひと時となっていました。
後半はメンデルスゾーンの『弦楽八重奏』。若き天才作曲家が若干16歳で作り上げたというこの曲ですが、この時点でメンデルスゾーンの才能はある意味すでに完成されていたと言ってもよいでしょう。溌剌としたカンタービレ、これは後年の交響曲第4番「イタリア」を予感させるものですし、スケルツォ楽章は「真夏の夜の夢」の細かい要請の動きの前触れとなるものです。
八重奏団の弦楽の響きのアンサンブルが洗練されていることは、一聴して明らかでした。音程がきちんとそろった状態で鳴り響く音はコンサートホールの奥まで届くということはヴァイオリンなりヴィオラなり、弦楽器を弾いた経験がある人ならご存じのはず。私は前方に座っていましたが、8人という編成でありながら轟轟、そして朗々と響く音の塊はなんと幸福感に溢れていたことか。
とりわけ印象的だったのは、個々の奏者が前に出ようとするのではなく、常に「全体の音像」を意識している点でした。若手奏者中心のアンサンブルというと、時にエネルギー過多で音が前のめりになったり、逆に遠慮がちになったりすることもあります。しかしこの八重奏団には、音量や表情を揃える以前に、「どの声部が今、語るべきか」という共通理解がはっきりと存在していたように感じられます。その結果、音楽が自然な呼吸を保ったまま前へ進み、聴き手は安心して身を委ねることができました。
終楽章では、疾走感の中にも決して粗さはなく、細部のパッセージが透明なまま積み重なっていきます。メンデルスゾーン特有の若々しい情熱と、構築性の高さが同時に立ち上がる瞬間であり、聴き終えた後には良質の音楽を聴いたという満足が残りました。それは、単に「うまい演奏」を聴いた後の満足感というより、よく考え抜かれたチェスの対局を観戦した後のような感覚に近いものです。
終楽章では、疾走感の中にも決して粗さはなく、細部のパッセージが透明なまま積み重なっていきます。メンデルスゾーン特有の若々しい情熱と、構築性の高さが同時に立ち上がる瞬間であり、聴き終えた後には良質の音楽を聴いたという満足が残りました。それは、単に「うまい演奏」を聴いた後の満足感というより、よく考え抜かれたチェスの対局を観戦した後のような感覚に近いものです。
アンコールはやはり「ラデツキー行進曲」。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでおなじみの曲ですが、弦楽八重奏という編成で聴くのはもしかするとこれが最初で最後だったかもしれません。
今回はニューイヤーコンサートという枠に収まりきらない、誠実で密度の高い演奏会でした。華やかさと内省、その両方を備えた時間を提供してくれたことをとても嬉しく思います。
今回はニューイヤーコンサートという枠に収まりきらない、誠実で密度の高い演奏会でした。華やかさと内省、その両方を備えた時間を提供してくれたことをとても嬉しく思います。
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