エレキギターを弾いていたとき、私は暗譜しなければなりませんでした。これが地味に苦痛でした。一つの曲を暗譜できるようになるまでに2,3ヶ月はかかりました。とにかく反復練習して体で覚えるしかない。譜面を見ながら演奏するロックギタリストなんていません。それにライブハウスの舞台上は暗いので譜面なんか見ていられません。というわけで暗譜。辛かった・・・。

私がヴァイオリンを弾くときはきまって楽譜を見ています。覚えるよりもそっちのほうが正確です。そんなあるとき、先生から「暗譜してもいいかも」と言われました。即座に「私は楽譜が読めるから暗譜しなくていいんだ」と言ったら「そういう問題じゃない」と怒られました・・・。

ではヴァイオリンの曲を暗譜するメリットって一体何でしょうか?

譜の最大のメリットは、楽譜という「外部の支え」から解放されることで、演奏者が音楽に集中できる点にあります。譜面を追いながら演奏していると、どうしても「次はどの音か」「ポジション移動はどうするか」といった視覚的・技術的な作業に意識が割かれてしまいます。ところが暗譜してしまえば、視線を譜面に縛られることなく、耳で全体の響きを聴いたり、身体の感覚でフレーズを自然に流したりできるようになる。これは音楽表現において大きな自由を与えてくれるのです。

また、聴衆の前での演奏という観点でも暗譜は大きな意味を持ちます。聴き手にとって、演奏者が譜面台に目を落としながら弾いているのと、前を向き自由な姿勢で音楽を奏でているのとでは、印象がまったく違います(どっちも同じ音なのに、見た目で判断されがちなのは辛いが)。暗譜している演奏者は、聴衆と「向き合って」いるように見え、その存在感や説得力は格段に増します。音楽は耳で聴くものではありますが、同時に視覚的な体験でもある。だからこそクラシックの舞台では暗譜が重視され続けているのでしょう。

さらに、暗譜の過程で音楽の構造理解が深まるという副次的効果もあります。単に指の運動記憶に頼るだけでは安定した暗譜にはなりません。曲の和声進行やフレーズの区切り、主題と展開の関係といった内部構造を把握し、頭の中に「地図」を描けてこそ、本当に自由に演奏できるようになる。つまり暗譜の訓練は、単なる記憶作業ではなく、音楽理解そのものを促進するプロセスでもあるのです。

一方で、暗譜にはリスクも伴います。もし本番で記憶が途切れたらどうするか、という恐怖は常につきまといます。しかしそれも、繰り返し練習を重ね、構造を理解していれば乗り越えられる。むしろ「暗譜をしたからこそ到達できる領域」が存在するとも言えるでしょう。先生が「そういう問題じゃない」と言ったのは、おそらくその点を指しているのです。知らんけど。
・・・楽譜が読めるかどうかの問題ではなく、暗譜を通じて演奏者が音楽にどう向き合うか、どのレベルで表現に踏み込むか、という問いがそこにあるのです。

要するに、暗譜のメリットとは「表現の自由」「聴衆との一体感」「音楽理解の深化」を得られること。そしてそれは、単に譜面を記憶する苦行ではなく、演奏者をより高い次元へ押し上げる挑戦でもあるのです。ただ自分にできるかどうかは、別です。たぶん無理だと思います・・・。練習でできても本番で玉砕します。絶対そうなります。