誰しも「てっきりそう思っていたけど、実際は違っていた」ということがあると思います。私の場合はアウシュヴィッツ強制収容所における囚人の労働時間について。毎日16時間くらい働いているんだろうと思っていました。でも違っていました。

自身がアウシュヴィッツからの生還者であるプリーモ・レーヴィの『これが人間か』。この本をひもとくと、強制労働の実態を知ることができます。それによると、

労働時間は季節に応じて変わる。陽のある時間がすべて労働時間だ。だから冬の最短時間から(八時から一二時、一二時半から一六時)、夏の最長時間(六時半から一二時、一三時から一八時)まで幅がある。闇に包まれる時刻や、霧が濃いときには、いかなる理由があっても囚人は仕事につけない。いぽう、雨や雪が降ったり、カルパチアの暴風が吹き荒れても(しばしばあることだ)、規定通りに働く。これは、闇や霧が逃亡の機会を作る、という事実に関係している。日曜日は一週おきに労働日になる。いわゆる休日の日曜日は、普通ブナで働くかわりに、ラーゲルの補修で働くので、実質的な休みの日はごくまれにしかない。
なんと、囚人にも一応休みの日があったのか! そして冬だと一六時が定時のようです。うーむ知らなかった。

なるほど、当時の強制労働については「休みなど一切ない」「毎日極限まで働かされる」という先入観を持っていた人も少なくないと思います。私自身もそうでした。しかし実際に記録を読むと、労働時間は自然条件に左右されており、さらには一応「休日」と呼べる日も存在していた。とはいえ、もちろんこれは人道的な配慮からではなく、逃亡防止や収容所の維持管理など、支配者側の都合によるものにすぎません。囚人にとってはわずかな時間の違いでも、生死を分ける重大な要素になったはずです。

また、レーヴィが描く収容所の姿は、「労働そのものが罰」であり「休息もまた不完全なもの」という残酷な構造を示しています。肉体を酷使され、栄養状態も劣悪な中で、たとえ冬の短い労働時間であっても囚人たちは極限まで疲弊していたことでしょう。さらに、休日といっても強制的な営繕作業や点検に従事させられる場合が多く、本当に心身を休められる日などほとんど存在しませんでした。私たちが日常的に思い描く「休み」とはまったく性質の異なるものだったのです。

こうした実態を知ると、「思い込み」と「現実」との間には驚くほどの差があることに気づかされます。そして、その差を埋めていく作業こそが歴史を学ぶ意義なのでしょう。人は経験していないことに対して想像を巡らせますが、一次資料や証言を読むことで、安易な想像の危うさを痛感します。アウシュヴィッツの労働時間に関する自分の誤解も、その一例に過ぎません。実際の歴史を知ることは、犠牲者たちの生きた現実に触れ、なおかつ「人間とは何か」という問いを私たち自身に突き付ける行為なのだと思います。