イオンとかららぽーととかアリオとか、世の中にはたくさんのショッピングモールがあります。私の実家の近くにもやはりショッピングモールがあります。地方都市だと買い物のためというよりもむしろ暇つぶしスポットとして機能している一面もあるのではないでしょうか。
多摩方面から23区に引っ越してきた私の家の近くにもやはりショッピングモールがあります。しかし、どれもこれも入店している店がどれもこれもワンパターンでバリエーションもへったくれもないのでした。ユニクロとかGUとか無印とかノジマ電気とかABCマートとかZoffとかスタバとか・・・。でもしょっちゅう服とか家電製品なんて買いません。それと赤の他人と数十センチしか離れていないような環境でコーヒーも飲みたくありません。
いったいなぜショッピングモールに入店している店は全国津々浦々、どれもこれも似たりよったりなのでしょうか?
ショッピングモールの店舗ラインナップが全国どこでも似通っている理由には、いくつかの背景があります。まず挙げられるのは、モールを運営する企業側の「安定志向」です。巨大な建物を建て、広大な駐車場を整備し、多額の初期投資を回収するためには、テナント料をしっかり払ってくれる大手のチェーン店を誘致するのが最も安全な方法です。ユニクロや無印良品、ABCマートといった全国区のブランドは集客力があり、どの地域でも一定の売り上げが見込めます。つまり「この店さえ入れておけば安心」という運営側の事情が大きいのです。
一方で、地方の住民にとってはそれが便利であり、むしろ「どこに行っても同じ店がある安心感」として受け入れられてきました。転勤族の家庭であれば、知らない土地に引っ越しても同じブランドの店舗が近くにあるだけで生活の不便が和らぎます。また、モール側にとっても地域ごとに独自の小規模店を誘致するより、全国チェーンを揃えたほうが契約や物流の手間が少なく、効率的に運営できるのです。
しかし、利用者の視点から見ると、そこに「画一化の退屈さ」が生まれます。週末にモールへ出かけても、目新しい体験や発見に乏しく、結局はウィンドウショッピングで終わる。カフェで一休みしようにも、どこへ行っても同じスタバやタリーズ。居心地の良さよりも「またここか」という既視感のほうが勝ってしまうのです。とくに都市部に住んでいる人にとっては、数駅離れれば個人経営のカフェや特色ある専門店に出会えることを知っているため、ショッピングモールの均一性は余計に物足りなく感じられるでしょう。
加えて、コロナ禍以降は「わざわざモールで買う理由」が薄れつつあります。洋服や雑貨、本にしても、ネット通販で自宅に届けてもらえる。家電量販店に足を運ばなくても、口コミや比較サイトで事足りる。モールの中に並ぶチェーン店は、ある意味ネットと機能が重複しており、そこで過ごす時間が「暇つぶし」以上の意味を持ちにくくなっています。ていうか、暇ならランニングして体でも鍛えろよと思うのですが・・・。
とはいえショッピングモールが不要かというと、そうとも言えません。人々が「とりあえず行けば何かある」という拠点であることは確かです。猛暑の日、寒い日、雨の日に家族連れが安心して過ごせる屋内施設は案外少なく、その役割を担っているのがモールです。また、地域によってはモールが唯一の娯楽空間になっている場合もあります。映画館やゲームセンター、フードコートといったエンタメ要素は、単なる買い物以上の需要を満たしています。まあ、私みたいな人間嫌いが足を踏み入れると子どものうるささに気が滅入り、「なんでこんなところに来たんだろう」と考え込んでしまいますが・・・。
問題は、こうした「機能的便利さ」の先にある「文化的魅力」の欠如です。モールの中にもっと地域独自の要素や、小さな個性を持った店舗があれば、訪れる楽しさはぐっと増すはずです。たとえば地元の名産品を扱う店、若手クリエイターの作品を展示販売するスペース、あるいは地域の歴史や文化を紹介する小さなギャラリー。そうしたものが組み込まれれば、画一的なチェーン店に埋もれることなく、モールが「その土地ならではの顔」を持てるでしょう。
海外の一部のショッピングモールでは、単なる買い物空間を超えて「コミュニティの交流拠点」として機能させようとする動きもあります。図書館や学習スペースを併設したり、屋内公園を整備したりと、生活文化に根差した施設作りを目指しているのです。日本のモールも、これからは「どこに行っても同じ」で済ませるのではなく、地域住民の暮らしと結びつく新しい在り方を模索すべき時期に来ているのではないでしょうか。
一方で、地方の住民にとってはそれが便利であり、むしろ「どこに行っても同じ店がある安心感」として受け入れられてきました。転勤族の家庭であれば、知らない土地に引っ越しても同じブランドの店舗が近くにあるだけで生活の不便が和らぎます。また、モール側にとっても地域ごとに独自の小規模店を誘致するより、全国チェーンを揃えたほうが契約や物流の手間が少なく、効率的に運営できるのです。
しかし、利用者の視点から見ると、そこに「画一化の退屈さ」が生まれます。週末にモールへ出かけても、目新しい体験や発見に乏しく、結局はウィンドウショッピングで終わる。カフェで一休みしようにも、どこへ行っても同じスタバやタリーズ。居心地の良さよりも「またここか」という既視感のほうが勝ってしまうのです。とくに都市部に住んでいる人にとっては、数駅離れれば個人経営のカフェや特色ある専門店に出会えることを知っているため、ショッピングモールの均一性は余計に物足りなく感じられるでしょう。
加えて、コロナ禍以降は「わざわざモールで買う理由」が薄れつつあります。洋服や雑貨、本にしても、ネット通販で自宅に届けてもらえる。家電量販店に足を運ばなくても、口コミや比較サイトで事足りる。モールの中に並ぶチェーン店は、ある意味ネットと機能が重複しており、そこで過ごす時間が「暇つぶし」以上の意味を持ちにくくなっています。ていうか、暇ならランニングして体でも鍛えろよと思うのですが・・・。
とはいえショッピングモールが不要かというと、そうとも言えません。人々が「とりあえず行けば何かある」という拠点であることは確かです。猛暑の日、寒い日、雨の日に家族連れが安心して過ごせる屋内施設は案外少なく、その役割を担っているのがモールです。また、地域によってはモールが唯一の娯楽空間になっている場合もあります。映画館やゲームセンター、フードコートといったエンタメ要素は、単なる買い物以上の需要を満たしています。まあ、私みたいな人間嫌いが足を踏み入れると子どものうるささに気が滅入り、「なんでこんなところに来たんだろう」と考え込んでしまいますが・・・。
問題は、こうした「機能的便利さ」の先にある「文化的魅力」の欠如です。モールの中にもっと地域独自の要素や、小さな個性を持った店舗があれば、訪れる楽しさはぐっと増すはずです。たとえば地元の名産品を扱う店、若手クリエイターの作品を展示販売するスペース、あるいは地域の歴史や文化を紹介する小さなギャラリー。そうしたものが組み込まれれば、画一的なチェーン店に埋もれることなく、モールが「その土地ならではの顔」を持てるでしょう。
海外の一部のショッピングモールでは、単なる買い物空間を超えて「コミュニティの交流拠点」として機能させようとする動きもあります。図書館や学習スペースを併設したり、屋内公園を整備したりと、生活文化に根差した施設作りを目指しているのです。日本のモールも、これからは「どこに行っても同じ」で済ませるのではなく、地域住民の暮らしと結びつく新しい在り方を模索すべき時期に来ているのではないでしょうか。
コメント
コメント一覧 (1)
そんなところにいかなきゃならないようになっても困るわ ありきたりな店のラインナップでいくまでも無い方が都合が良い
テナント代のせいか安い店はイオン系以外まず入らないでほぼ路面店 モールは利便性を引き換えに価格を犠牲にしたコンビニみたいなもんでは? 寂れたモールは街自体が衰退しているんじゃ?