「赤ずきんちゃん」といえば、誰もが知っている有名な童話の主人公です。しかし、「赤ずきん男」などという人物は聞いたことがありません。せいぜい思い浮かぶのは、水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する「ねずみ男」くらいでしょうか。
ところが美術史の世界には、「赤いターバンの男」という作品が存在します。この絵は、15世紀初頭のフランドル（現在のベルギーやオランダの一部）で活躍した画家、ヤン・ファン・エイクによって描かれたとされるものです。

この「赤いターバンの男」は、1433年に制作された油彩画で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。縦26センチ、横19センチほどの比較的小ぶりなパネル画ですが、その存在感は圧倒的です。画面中央には、真正面を見据える男性の上半身が描かれています。深いしわの刻まれた額、鋭いまなざし、そして鮮やかな赤い布を幾重にも巻いたターバン。背景は黒一色で、余計な装飾を排し、人物の表情と衣装の質感が際立つ構図となっています。

興味深いのは、この男性が一体誰なのかという点です。多くの美術史家は、これはファン・エイク自身の自画像である可能性が高いと見ています。理由のひとつは、額の上に刻まれたラテン語の銘文です。そこには「Als Ich Can（我ができる限り）」という言葉が記されており、これは彼が好んで署名に用いたフレーズでした。さらに、真正面からの視線や、細密に描き込まれた顔のしわや瞳の輝きは、他者を描くよりも自分自身を対象としたときに可能な観察力を感じさせます。

では、なぜこの男性は赤いターバンを巻いているのでしょうか。現代の感覚では、ターバンと聞くと南アジアや中東の文化を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、この絵が描かれた15世紀のヨーロッパでは、ターバン風の頭巾は異国趣味や富裕層の象徴でした。中世末期、特にブルゴーニュ公国の宮廷文化では、東方貿易によってもたらされた高級織物や染料が大流行しており、それを頭に巻くスタイルは裕福さと洗練の証だったのです。