私はこれまで自分の人生で電車通学、電車通勤というものをまったくやったことがありませんでした。強いて言えば電車通勤を1ヶ月だけやってました。でもあんなのやるもんじゃないですね。人がぶつかってきて圧迫感があります。身動き取れません。うんこしたくなったらどうするんじゃ。漏らすしかないですね。
しかし運命は残酷なもので、転職をきっかけに2025年8月から地下鉄で通勤することになりました。苦痛です。自分で決めたことですが。しかし苦痛です。
人混みの波に流され、背中に他人のリュックがぶつかり、目の前のスマホからは見たくもない動画の光が漏れる――。毎朝の地下鉄通勤は、やはり慣れないものです。乗っているのは半蔵門線。東京の地下鉄の中では比較的静かで、車内もそこまでぎゅうぎゅうというわけではありません。それでも、長年「徒歩通勤」や「自転車通勤」で自由気ままに過ごしてきた私にとって、この環境は十分にストレスフルです。
駅のホームにはすでに多くの人が列を作っていて、来た電車の扉が開くたびに、一斉に流れ込むように乗り込んでいきます。ドア付近に立っていると、人の動きに合わせて身体が自然に押しやられ、自分のペースというものが一切通用しません。
以前の職場は自転車で10分。朝の風を感じながら通うその時間は、今思えば贅沢だったのかもしれません。とはいえ夏と雨の日は苦痛ですが。いまはというと、地下鉄の照明の下で他人との距離感に気を配りながら、目的の駅までただじっと耐えるのみ。半蔵門線は比較的静かとはいえ、車内には微妙な緊張感が漂っています。
そして気になるのが、なぜか乗っているときに「うんこしたくなる現象」です。揺れや空気のこもった感じ、そして「降りたくても降りられない」という閉塞感がそうさせるのでしょうか。特に長めの停車や、車内での小さなトラブルが起こると、突然トイレの不安が頭をよぎります。もちろん、漏らしたことはありません。でも、毎朝その“可能性”がちらつくのは、精神的によろしくありません。
地下鉄通勤が始まってからまだ日が浅いですが、すでに「これは自分に合っていないな」と痛感しています。自分で選んだ道とはいえ、これは修行の一種です。東京という都市の合理性とスピード感に、ようやく自分の生活が引きずられていっている感覚があります。
とはいえ、嘆いてばかりもいられません。少しでもこの通勤時間を快適に過ごす工夫を見つけなければ、やっていけません。私が試してみてよかったのは、「少し早めに家を出る」こと。混雑がピークを迎える直前の電車に乗ると、わずかですが余裕があります。また、ノイズキャンセリングイヤホンは本当に救世主です。外界の音を少し遮断するだけで、心の負荷が大きく違います。
さらに、地下鉄に乗っている時間は「これは試練の時間だ」と割り切ってしまうのも一つの手です。「今日も自分はえらい。東京の通勤戦線に参戦しているだけで価値がある」と、自己暗示をかける。そんなささやかな工夫の積み重ねで、私は今日も半蔵門線に乗っています。生活の質は、小さな習慣と意識の転換でなんとか保っているのです。
駅のホームにはすでに多くの人が列を作っていて、来た電車の扉が開くたびに、一斉に流れ込むように乗り込んでいきます。ドア付近に立っていると、人の動きに合わせて身体が自然に押しやられ、自分のペースというものが一切通用しません。
以前の職場は自転車で10分。朝の風を感じながら通うその時間は、今思えば贅沢だったのかもしれません。とはいえ夏と雨の日は苦痛ですが。いまはというと、地下鉄の照明の下で他人との距離感に気を配りながら、目的の駅までただじっと耐えるのみ。半蔵門線は比較的静かとはいえ、車内には微妙な緊張感が漂っています。
そして気になるのが、なぜか乗っているときに「うんこしたくなる現象」です。揺れや空気のこもった感じ、そして「降りたくても降りられない」という閉塞感がそうさせるのでしょうか。特に長めの停車や、車内での小さなトラブルが起こると、突然トイレの不安が頭をよぎります。もちろん、漏らしたことはありません。でも、毎朝その“可能性”がちらつくのは、精神的によろしくありません。
地下鉄通勤が始まってからまだ日が浅いですが、すでに「これは自分に合っていないな」と痛感しています。自分で選んだ道とはいえ、これは修行の一種です。東京という都市の合理性とスピード感に、ようやく自分の生活が引きずられていっている感覚があります。
とはいえ、嘆いてばかりもいられません。少しでもこの通勤時間を快適に過ごす工夫を見つけなければ、やっていけません。私が試してみてよかったのは、「少し早めに家を出る」こと。混雑がピークを迎える直前の電車に乗ると、わずかですが余裕があります。また、ノイズキャンセリングイヤホンは本当に救世主です。外界の音を少し遮断するだけで、心の負荷が大きく違います。
さらに、地下鉄に乗っている時間は「これは試練の時間だ」と割り切ってしまうのも一つの手です。「今日も自分はえらい。東京の通勤戦線に参戦しているだけで価値がある」と、自己暗示をかける。そんなささやかな工夫の積み重ねで、私は今日も半蔵門線に乗っています。生活の質は、小さな習慣と意識の転換でなんとか保っているのです。
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