引っ越しというのはかなりだるい。私は今住んでいる多摩方面のとある市に16年近く住みました。ということは実家よりも長い期間暮らしていたことになります。それが自分で決めたこととはいえ転職して引っ越しも行い、東京都の千葉寄りの方面に転居します。これが結構メンタルにじわる。引っ越し準備が具体化してから、「この景色を見ることはもうないのだ」「この道を自転車で走るのも今日が最後だ」と思うと、ただのコンビニとか道路ですら急速にありがたみを感じるようになるのでした。

「引っ越しにまつわる格言を考えてみた」と言いつつ、まず思い出すのは日本のことわざではなく、イギリスの古い言い回しです。

Three moves are as bad as a fire. これは「引っ越し三回で家が一軒焼ける」

この言葉、なかなかパンチが効いています。実際、物理的な被害や損失を数値化したわけではないにせよ、心理的な実感としては「言い得て妙」です。段ボールの山、どこかに紛れた保証書、謎のネジ、そして処分したあとの「あ、あれ捨てなきゃよかった」という後悔。火事ではないにせよ、何かが一度ごっそり失われる感じがあります。人によってはそれが「秩序」であったり、「思い出」であったり、「所有感」だったりするのでしょう。

別の文化圏にも似たような表現はあります。中国では「搬家三次如同一次失火(引っ越し三回は火事一回に等しい)」とされ、日本でもそれが「引っ越し三回、火事一回」という形で流布してきました。つまり世界中で、引っ越しというのはそれだけ大変なイベントであると、昔からみな感じてきたわけです。

では本当に、引っ越しとは「喪失」ばかりなのか。最近、そうでもないのではないかと少し思うようになりました。

なぜなら、あらためてこの町を歩いてみると、引っ越しの前であるがゆえに、いろいろな風景や場所をいつもより丁寧に見るようになったからです。朝の光の角度、坂の勾配・・・、普段なら見落としていたであろう景色に、やけに感情が反応する。これは火事ではありません。むしろ「日常という時間の積み重ねが、ようやく意味を帯びた瞬間」なのかもしれない。

もうひとつ、近年耳にする引っ越しの格言があります。
「引っ越しは最大の断捨離」
これも現代的な生活実感に根ざした表現だと思います。物を処分する、過去を整理する、環境を変える。断捨離が物理的な行為だけでなく、精神の整理にもつながっているように、引っ越しには強制的に「切り替え」を促す力があります。
だからこそ、引っ越しはだるい。けれどもそれは、ただの面倒というよりも、「自分の過去と向き合い、未来に向かう儀式」でもあるのです。断捨離というのは新しい言葉ですから、格言とまでは言えないかもしれませんが・・・。

とはいえ、やっぱり実作業は大変。段ボールは潰れやすいし、ガムテープはすぐどこかに消える。家具は運びにくいし、住所変更の手続きは無限にある。そんなとき、ふとこう思います。

「火事よりマシ」

そう考えることで、辛うじて気持ちを支えている自分がいます。