ベルギーを旅行して現地の美術館に足を運ぶと、かなりの確率でポール・デルヴォーの作品を目にすることになります。デルヴォーというと日本ではあまり馴染みがありませんが、ウィキペディアによると

ポール・デルヴォー(Paul Delvaux、1897年9月23日 - 1994年7月20日)は、ベルギー・リエージュ州生まれの画家。

16世紀のマニエリスト達が描いたような女性像や、独自の夢とノスタルジーの世界を築く。作品の中では、無表情で大きな目を見開き、陰毛をあらわにした裸の女性たち、駅、電車、骸骨、拡大鏡で何かを観察している学者などが題材としてくり返し描かれ、背景には石畳の道や線路などが透視図法を用いて描かれることが多く、古代ギリシャの神殿のような建物の遺跡がよく用いられる。静寂の中に幻想的な世界が広がるその作風によって、「幻想画家」という形容もなされる。 
と書かれています。まあ実際に作品をひとつ見てみましょう。

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「セレニティ」というタイトルの作品です。静謐でもあり、というかちょっと現実味がなくて見ているとなんだかヒヤッとするような冷たさもあります。

デルヴォーの作品に登場する女性たちは、どれも似たような顔立ちをしています。大きく見開かれた目はどこかを見つめているようでいて、同時にまったく何も見ていないようでもあります。表情はほとんど変化がなく、感情を感じさせません。そして多くの場合、彼女たちは裸であり、しかもそれが性的な挑発というよりも、むしろ「そこにあることが当たり前」というような、非現実的な静けさをまとっています。デルヴォーはこうした女性像を何度も繰り返し描きましたが、それは現実の女性というより、彼の内面に根ざした幻想や記憶の投影だったのかもしれません。

背景に目を向けると、また不思議な世界が広がっています。石畳の道、鉄道の線路、古代の神殿のような建築物・・・。それらは透視図法で描かれていて、幾何学的な奥行きを感じさせるのですが、その割にどこか人工的で無機質な印象を与えます。人物や建物が、まるでセットのように整然と配置されているためでしょうか。まるで夢の中の風景のようで、現実のようで現実ではない、そんな不思議な空気が漂っています。

デルヴォーがよく描くモチーフのひとつに「駅」や「列車」があります。鉄道は彼にとって、現実と非現実をつなぐ通路のような存在だったのかもしれません。遠くから近づいてくる列車、誰もいないプラットフォーム、静まり返った構内。どこかへ行く途中で時間が止まってしまったような、そんな場面が繰り返し登場します。また、骸骨や白衣の学者、拡大鏡といった象徴的な存在もよく描かれますが、彼らもまた、生と死、理性と無意識の境界を示しているように見えます。

デルヴォーは「シュルレアリスム(超現実主義)」の画家と分類されることもありますが、彼自身はあまり明確にそのグループに所属していたわけではありません。とはいえ、夢のような構成、無関係なもの同士の並置、非現実的な静けさといった特徴は、まさにシュルレアリスムの精神と響きあっています。デルヴォーの描く世界には、理屈では説明できないが、なぜか強く印象に残る「なにか」があるのです。

作品を見ていると、ふと自分の記憶の奥底に眠っていた風景や感情がよみがえってくるような気がします。子どものころに見た夢、通い慣れたはずの道なのにある日突然異様に感じられた夕暮れの街角、聞いたことのない駅名の掲示板——。デルヴォーの絵は、そうした心のひだに触れてくるのです。こんな雰囲気の作品が、美術館の曲がり角を曲がったらいきなり出てくるので、そのインパクトは地味に効いてきます。

ベルギーの美術館を訪れた際は、ぜひデルヴォーの作品に時間をかけて向き合ってみてください。彼の描く静寂の世界は、見れば見るほど、その奥に秘められた物語を語りかけてくるはずです。