旅先で訪れた美術館。その物販エリアには絵葉書とかガイドブックとか複製画とかキーホルダーとかマグカップとか、いろいろなものが販売されています。なぜ出口に物販エリアがあるのじゃ・・・、といつも思いますがそんな余計なことに気づかなくてもいいですし、気づいてもいちいち言わなくていいですね。
それはともあれ私は2025年夏にオランダとベルギーを訪問しました。アムステルダムではいくつも美術館や博物館を訪れました。そのなかの一つであるレンブラントの家。これは彼が生きていた頃の住居を再現しているというもの。それはそれで興味深いのですが、私はなぜか物販エリアでレンブラントの自画像が描かれたキーホルダーを買いました。
帰宅して思ったのは、「なんでこんなむさくるしいおっさんの顔が描かれたキーホルダーなんか買ってきたんだろう」ということでした。せめてフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」にしておけばよかった。これぞ後悔先に立たず。役にも立たず。
しかし買ってしまったものは仕方がありません。レンブラントのむさくるしい顔がこちらを睨みつけるキーホルダー。どうにも使い道が思いつかない。鍵につけるには渋すぎるし、バッグにぶら下げるのも勇気がいります。財布に入れて持ち歩くにはやや大きいし、そもそもなぜレンブラントの顔と一緒に日々を過ごさなければならないのか。
そこで私は発想を転換しました。「使う」のではなく、「飾る」という選択肢です。ふと、自室のデスク脇に小さなフックがあったことを思い出しました。もともとは何かの袋をぶら下げるために設置したものですが、今は空いています。そこにレンブラントのキーホルダーを引っ掛けてみました。
するとどうでしょう。意外にも悪くないのです。小さな美術館の展示品のように見えてきました。しかもこのむさくるしい顔、よく見るとどこかユーモラスで、目が合うと「今日もちゃんと働けよ」と励ましてくれるような気もしてきます。いわば、自宅警備員レンブラント。サボろうとすると睨まれる。実に効果的です。
さらに言えば、このキーホルダーを見るたびに旅の記憶が蘇ります。アムステルダムの石畳。レンブラントの家の急な階段。絵の具の匂い。物販コーナーで「なんか記念に買っとくか」と無意識に手に取った自分。そういった一連の経験が、この小さなキーホルダーに凝縮されているのです。むさくるしさはさておき、思い出の詰まった立派な記念品ではあります。
キーホルダーというのは実用品でもありますが、意外と「思い出のカプセル」としての役割のほうが重要なのかもしれません。旅行先では、そのときのテンションでつい変なものを買ってしまいがちです。でも、時間が経つにつれて、そういう「変なもの」こそが記憶を呼び覚ますスイッチになってくれる。そう思えば、フェルメールの少女よりもレンブラントのおっさんの方が、よっぽど旅情をかきたててくれる存在かもしれません。
とはいえ、次にまた海外の美術館を訪れる機会があれば、もう少し冷静に、そして計画的にお土産を選びたいところです。たとえば冷蔵庫に貼れるマグネットとか、ちゃんと使えるエコバッグとか。でも、そんな理性的な買い物ばかりでは、旅にちょっとしたスパイスが足りないのかもしれません。
結局のところ、旅先の物販コーナーというのは、「理屈ではなく感情で買ってしまう場所」なのでしょう。出口に設置されている理由も、たぶんそのあたりにあるのです。展示を見終えて高ぶった心、その余韻が残っているうちに、何か一つ形にしておきたい――そう思わせる絶妙なタイミング。美術館も商売上手です。
というわけで、今日も私の部屋では、レンブラントとかいうおっさんがぶら下がっています。見ようによってはちょっと怖い。でも、見ようによっては、なんだかちょっと誇らしげでもあります。彼は、17世紀の巨匠であり、私の2025年の旅の、確かな証人でもあるのですから。
そこで私は発想を転換しました。「使う」のではなく、「飾る」という選択肢です。ふと、自室のデスク脇に小さなフックがあったことを思い出しました。もともとは何かの袋をぶら下げるために設置したものですが、今は空いています。そこにレンブラントのキーホルダーを引っ掛けてみました。
するとどうでしょう。意外にも悪くないのです。小さな美術館の展示品のように見えてきました。しかもこのむさくるしい顔、よく見るとどこかユーモラスで、目が合うと「今日もちゃんと働けよ」と励ましてくれるような気もしてきます。いわば、自宅警備員レンブラント。サボろうとすると睨まれる。実に効果的です。
さらに言えば、このキーホルダーを見るたびに旅の記憶が蘇ります。アムステルダムの石畳。レンブラントの家の急な階段。絵の具の匂い。物販コーナーで「なんか記念に買っとくか」と無意識に手に取った自分。そういった一連の経験が、この小さなキーホルダーに凝縮されているのです。むさくるしさはさておき、思い出の詰まった立派な記念品ではあります。
キーホルダーというのは実用品でもありますが、意外と「思い出のカプセル」としての役割のほうが重要なのかもしれません。旅行先では、そのときのテンションでつい変なものを買ってしまいがちです。でも、時間が経つにつれて、そういう「変なもの」こそが記憶を呼び覚ますスイッチになってくれる。そう思えば、フェルメールの少女よりもレンブラントのおっさんの方が、よっぽど旅情をかきたててくれる存在かもしれません。
とはいえ、次にまた海外の美術館を訪れる機会があれば、もう少し冷静に、そして計画的にお土産を選びたいところです。たとえば冷蔵庫に貼れるマグネットとか、ちゃんと使えるエコバッグとか。でも、そんな理性的な買い物ばかりでは、旅にちょっとしたスパイスが足りないのかもしれません。
結局のところ、旅先の物販コーナーというのは、「理屈ではなく感情で買ってしまう場所」なのでしょう。出口に設置されている理由も、たぶんそのあたりにあるのです。展示を見終えて高ぶった心、その余韻が残っているうちに、何か一つ形にしておきたい――そう思わせる絶妙なタイミング。美術館も商売上手です。
というわけで、今日も私の部屋では、レンブラントとかいうおっさんがぶら下がっています。見ようによってはちょっと怖い。でも、見ようによっては、なんだかちょっと誇らしげでもあります。彼は、17世紀の巨匠であり、私の2025年の旅の、確かな証人でもあるのですから。
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