2025年現在、1ユーロはおよそ170円。そしてオランダやベルギーでは、例えばレストランでピザを食べると16ユーロ、ジュースを頼むと5ユーロ。21ユーロかかるので3500円くらいの出費になります。いてて! その私は2003年秋にもオランダとベルギーを旅行しており、詳細な日記を残していました。その中には、何を買ったらいくらした、というしょうもない記録もありました。ついでに言うと空港のトイレでしっこをした、などとつまらないことも書き残していました。アホである。
とはいえ、当時の物価がいくらだったのか、ということが伺い知れるという点でとても興味深いですね。
たとえば、売店でコーヒーを買うと2ユーロ。今なら3.5~4ユーロくらい。
1年間、オランダほとんどの美術館が入館できるパスであるミュージアムイヤーリーカード。当時は17.45ユーロ。今なら75ユーロ!
キットカットは0.7ユーロ。コインロッカーは2.4ユーロ。喫茶店でウインナーコーヒーとトルテを頼んで3.95ユーロ。ケパブは2ユーロ。ペットボトルの紅茶は1.5ユーロ。ユースホステルに2泊すると44.9ユーロ。どれも2025年なら2倍くらいの価格です。
それにしても、こうして20年前の記録と照らし合わせてみると、ユーロ建てでの物価上昇もさることながら、日本円の価値がいかに目減りしてしまったかを痛感せざるを得ません。
2003年当時の為替レートは、1ユーロ=およそ130円前後。つまりミュージアムカードが17.45ユーロだったとしても、2,300円程度で購入できたことになります。それが今では75ユーロで12,750円。たしかにカードそのものが高くなっているのは事実ですが、それ以上に円が弱くなったという現実が重くのしかかります。
たとえば、2003年なら2ユーロのコーヒーは260円でした。今なら同じ2ユーロでも340円。つまり、まったく同じ商品を買ったとしても、日本円で見れば1.3倍も余計に払っていることになるのです。
この違いを、現地にいれば「値上がりしたなあ」と感じるだけで済むかもしれません。でも、日本に暮らしていて旅行者としてヨーロッパを訪れると、この円安の打撃は強烈です。「外貨が高くなった」と思うより、「日本が貧しくなった」と感じてしまうのは、私だけではないでしょう。
この間、他の先進国は着実に成長を遂げてきました。もちろんヨーロッパも物価は上昇していますが、それに見合った賃金や社会保障、生活の質の改善がある程度はついてきています。ところが日本はというと、20年間で賃金はほとんど上がらず、物価と税金だけがじわじわと上がっている状況です。
GDPの成長率を見ても、日本はこの20年でほぼ横ばい。労働生産性は先進国の中で最低レベル。円は国際通貨としての存在感を徐々に失い、海外旅行をすればするほど、日本が「かつての経済大国」になりつつある現実を見せつけられます。
ヨーロッパのカフェでコーヒーを飲みながら、「昔はもっと安かったな」とつぶやくとき、私は単に値段の話をしているのではありません。あのときの日本はもう無いのだなという、静かな寂しさを味わっているのです。円安の影には、数字では測れない喪失感が横たわっています。
2003年当時の為替レートは、1ユーロ=およそ130円前後。つまりミュージアムカードが17.45ユーロだったとしても、2,300円程度で購入できたことになります。それが今では75ユーロで12,750円。たしかにカードそのものが高くなっているのは事実ですが、それ以上に円が弱くなったという現実が重くのしかかります。
たとえば、2003年なら2ユーロのコーヒーは260円でした。今なら同じ2ユーロでも340円。つまり、まったく同じ商品を買ったとしても、日本円で見れば1.3倍も余計に払っていることになるのです。
この違いを、現地にいれば「値上がりしたなあ」と感じるだけで済むかもしれません。でも、日本に暮らしていて旅行者としてヨーロッパを訪れると、この円安の打撃は強烈です。「外貨が高くなった」と思うより、「日本が貧しくなった」と感じてしまうのは、私だけではないでしょう。
この間、他の先進国は着実に成長を遂げてきました。もちろんヨーロッパも物価は上昇していますが、それに見合った賃金や社会保障、生活の質の改善がある程度はついてきています。ところが日本はというと、20年間で賃金はほとんど上がらず、物価と税金だけがじわじわと上がっている状況です。
GDPの成長率を見ても、日本はこの20年でほぼ横ばい。労働生産性は先進国の中で最低レベル。円は国際通貨としての存在感を徐々に失い、海外旅行をすればするほど、日本が「かつての経済大国」になりつつある現実を見せつけられます。
ヨーロッパのカフェでコーヒーを飲みながら、「昔はもっと安かったな」とつぶやくとき、私は単に値段の話をしているのではありません。あのときの日本はもう無いのだなという、静かな寂しさを味わっているのです。円安の影には、数字では測れない喪失感が横たわっています。
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