ゴッホ。彼の名は生前には有名ではありませんでした。しかし死後にその名が知られるようになり、いまでは有名画家のひとりとしてピカソやルノワールといった巨匠と肩を並べるほどの名声を誇っています。
アムステルダム国立美術館のほとりには、ゴッホ美術館が建てられています。たった一人の画家のために美術館が建設されるなんて、よほどのことです。そして予約が推奨されているんですから、つまり連日大盛況ということですね。私も22年ぶりに訪問しましたが、改めて作品の迫力に圧倒されました。

アムステルダム国立美術館のほとりには、ゴッホ美術館が建てられています。たった一人の画家のために美術館が建設されるなんて、よほどのことです。そして予約が推奨されているんですから、つまり連日大盛況ということですね。私も22年ぶりに訪問しましたが、改めて作品の迫力に圧倒されました。

ゴッホの名は、いまや知らぬ人がいないほどですが、彼が生きている間に売れた絵はわずか1点だったといわれています。生涯で900点以上の油彩画を描きながら、画商にも世間にもほとんど評価されることなく、37歳という若さで亡くなりました。生前のゴッホは、精神に異常をきたした奇人、あるいは絵の具を無駄に使いすぎる異端者と見なされていたのです。
しかしいまや、美術館は大盛況。そんな光景を見るたびに、ゴッホ本人が知ったら何と言うだろうか、と考えてしまいます。
かつて訪れたときと比べると、建物も展示もずいぶんと洗練されていましたが、なによりも変わらないのは、作品が放つ圧倒的な熱量です。館内には「ひまわり」や「糸杉」といった誰もが知る名作が並びますが、どの絵からも、「見てくれ、理解してくれ」と言わんばかりの強いエネルギーが伝わってきます。
とりわけ印象に残ったのは、ゴッホが描いた数々の自画像です。彼は経済的に余裕がなかったため、自分自身をモデルにして技法を磨き、心の内を吐き出すようにして自分を描きました。パリ時代の「灰色のフェルト帽をかぶった自画像」では、短いストロークで構成された背景と顔の描写が、まるで彼の内面のざわめきをそのまま表しているかのようでした。
さらには「画家としての自画像」も展示されており、イーゼルの前に立つ自らの姿を描いたこの作品には、画家としての誇りと不安の入り混じった視線が印象的です。社会からは認められず、作品も売れない。それでも絵を描くことをやめなかった男の姿が、そこには確かにありました。
死後、彼の名が知られるようになったのは、弟テオの妻ヨーが彼の作品を保存し、世に出す努力を続けたことが大きな要因です。もしこの家族の支えがなければ、ゴッホの絵は歴史の片隅に埋もれていたかもしれません。つまりいま私たちが見ているゴッホ作品は、本人の手を離れた後、ようやく「価値あるもの」として認識されたのです。なんだかものすごく確率が低い偶然で有名になれた気がしますが。
そして何より不思議なのは、彼の絵が、時代を超えて人々の心を揺さぶる力を持っていることです。当時の人々が理解できなかった色づかいや構図が、今では「天才の先見性」として語られている。その事実が、私たちに問いかけてきます。「美とは何か」「価値とは誰が決めるのか」。
展示を見終えたあと、ようやく気づきました。彼の絵は、当時の人々には届かなかったかもしれない。でも、それが「間違い」だったとは誰も言えない。むしろ今、こうして何万人もの人々が彼の絵の前に立ち、何かを感じている。それこそが、時を超えて彼が生きている証なのでしょう。
22年ぶりの訪問でしたが、今回あらためて強く思いました。ゴッホの絵は、ある意味「美術館に飾られるための作品」ではなかったのだと。それは、大げさに言うならば彼が世界に向かって発した叫びであり、理解されることを渇望した手紙のようなものだったのだと。そして、いまその返事を、私たち一人ひとりが返しているのです。本人にしてみればもっと早く返してくれよ、と言いたいでしょうけれど。
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