アムステルダムを滞在すると、アンネ・フランクの家とか国立美術館とか、いろいろ訪問すべきところがあります。だからなのか、街の中心にある王宮はわりと見過ごされがちです。それにいつも訪問できるというわけではありません。
2025年は6月18日から10月27日まで公開されています。ということはそれ以外の期間に訪れると中に入ることができないということ。私は6月25日にこの王宮を訪れましたが、「王宮」というにはやや質素ながらも壮大な内装に目をみはりました。



2025年は6月18日から10月27日まで公開されています。ということはそれ以外の期間に訪れると中に入ることができないということ。私は6月25日にこの王宮を訪れましたが、「王宮」というにはやや質素ながらも壮大な内装に目をみはりました。



実のところ、この建物はもともと王宮として建てられたわけではありません。もともとは17世紀、オランダ黄金時代の絶頂期に「市庁舎」として建設されたのです。当時のアムステルダムは世界屈指の貿易都市で、膨大な富と影響力を持っていました。そんな時代背景を反映するように、当時の市民たちは自らの都市の繁栄を象徴する堂々たる市庁舎を建てたのです。
設計を手がけたのはオランダ建築の巨匠、ヤーコブ・ファン・カンペン。建設には20年以上の歳月が費やされ、1655年に完成。内部には大理石がふんだんに使われ、特に「市民の間」と呼ばれる大広間の美しさには目を奪われます。天井の高さ、床に埋め込まれた世界地図、彫刻やレリーフの数々。市民が集い、裁判が行われ、そして街の中心として機能したこの空間に立つと、当時のアムステルダムがどれほどの自信と誇りを持っていたかが感じられます。しかし王宮で裁判するってどういうこった。
では、なぜこの建物が王宮となったのでしょうか。それは19世紀初頭、ナポレオン・ボナパルトの弟であるルイ・ボナパルトがオランダ王に即位した際のこと。1808年、彼はこの市庁舎を自身の王宮として改装し、以後この建物は「王宮」として使用されることになりました。現在でも、国王が公式行事を行う際に使用されることがあります。というわけで、年間を通して公開されているわけではないのです。
私が訪れた2025年6月25日は、ちょうど一般公開の期間中でした。エントランスでチケットを購入し(現金は使えません。クレジット決済のみ可能でした)、ゆっくりと内部を回りました。王族の肖像画が飾られた部屋、儀式に使われる玉座の間、そして天文学と正義を象徴する装飾で満たされた市民の間。月とか太陽とか火星とか、いろいろな星の象徴たる石像がありました。外から見るよりもはるかに奥行きがあり、豊かな装飾が施されています。確かにヴェルサイユ宮殿のようなきらびやかさはないかもしれませんが、オランダらしい質実剛健さと文化的な奥深さが感じられる空間でした。
観光客にとっては、アンネ・フランクの家やゴッホ美術館、国立美術館といった定番スポットがどうしても優先されがちですが、この王宮もまたアムステルダムの歴史を語るうえで欠かせない存在です。そして何より、限られた期間にしか公開されていないからこそ、訪れたタイミングで入れるというのはとても貴重な経験です。
アムステルダムを訪れるご予定がある方は、ぜひ旅行の日程と王宮の公開期間を照らし合わせてみてください。ひととき、17世紀の市民と王族の空間を歩くという体験は、思い出深い旅のハイライトになることでしょう。
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