ヴォーン・ウィリアムズ好きにはたまらないでしょう。世の中には「ヴォーン・ウィリアムズ ヴァイオリンとピアノのための作品全集」なんてCDがあるんですね。

ヴァイオリンを演奏するのは小町碧さん。ロンドン在住の演奏家であり、また研究者としても活躍中。ロンドン大学いて博士課程研究を開始したようです。

ピアノはサイモン・キャラハンさん。ハイペリオンからアルバムをリリースする予定で、そのうちの1枚は王立北音楽大学での博士課程研究の一環として製作されたものだとか。

収録曲は以下の通り。

ロマンスとパストラル
揚げひばり(ヴァイオリンとピアノ版)
ヴァイオリン・ソナタ イ短調
 イギリス民謡による6つの練習曲(ヴァイオリンとピアノ版)

「揚げひばり」というと通常はオーケストラとヴァイオリン版を連想しますが、最初はピアノとヴァイオリンとして構想され、のちにオーケストラ版が作られました。

こうした珍しいバージョンのほか、他ではまず聴けないであろう曲が収録されているだけでもぜひチェックすべき1枚となっています。

しかしそれだけではなく、ブックレットもまた充実しています。研究者が書いているわけですからそりゃ期待が高まりますよね。
たとえば「揚げひばり」についての項だと、1914年8月5んち、イギリスがドイツなどに宣戦布告した翌日、ヴォーン・ウィリアムズは海辺の街マーゲイトに滞在していました。そこの崖の上から戦場に向かおうとする戦艦を目撃した彼は、突如として思いついたメロディをノートに書き留めようとします。しかしその様子を見ていたボーイスカウトの青年がスパイだと疑い警察に連行したとか。その後、42歳であった彼は(それがきっかけだったのかどうかは不明ながら)従軍して医療部隊に配属され、フランスとギリシャへ派遣されたとか。

戦後になって帰国した彼はふたたび「揚げひばり」の作曲に向かいますが環境は戦前と比べて激変しており、だからこそ一層平和への希望が込められることになったようです。

作曲が終わりに差し掛かるとヴァイオリニストであったマリー・ホールと相談しながら推敲を重ね、彼女が持っていた楽譜には音符やフレーズを減らしていくことにつながる変更が記されていたとか。どうやらあのシンプルな美しさというのは、音を足してゆくのではなく引いてゆくことで成り立っていたものであるようです。

やはりヴォーン・ウィリアムズとの共演経験があるヴァイオリニストの持っていた楽譜にも「あまり華麗に弾かない」「速すぎず」というコメントが記されており、ヴィルトゥオーゾのための曲というわけではないことが示唆されています。

こうした「知らなかった!」が沢山盛り込まれている解説書ですが、さらにはヴォーン・ウィリアムズゆかりの邸宅で撮影された写真や自筆譜も掲載されています。その写真の美麗なこと! このCDの価格は2,750円ですが、十分それだけのお金を払うだけの価値はあると言えます。真剣に作った物は、たとえ工業製品であってもその気合が伝わってくるものだと痛感しました。