モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』は、優雅さと軽やかさに満ちた作品として、多くのヴァイオリニストに愛され続けています。その第1楽章と第3楽章に挿入されるカデンツァは、演奏者の個性が際立つ重要な場面であり、数多くの演奏家が独自のカデンツァを残してきました。たとえばベーレンライターとかの楽譜を買ってくると、ヴァイオリン譜のほかにカデンツァ譜というものがついてきて、カデンツァが何種類か掲載されています。そのなかの一つがサム・フランコのカデンツァです。

このカデンツァは、モーツァルトの語法を尊重しながらも、現代的な感性を織り交ぜた構成となっています。まあ、現代的といってもサム・フランコは1937年に亡くなっていますが・・・。
まず第1楽章のカデンツァでは、主題の断片を巧みに用いた即興的な展開が印象的です。オーケストラとの対話を意識したような呼応のモチーフが随所に散りばめられており、聴き手に自然な流れを感じさせます。しかし・・・。テクニック的にもかなり高度で、クロイツェルの後半のほうで重点的にやることになる重音奏法を正確に弾けるくらいになっていないと、音楽として成り立たないはずです。私はここで「だめだこりゃ」と断念しました。一応、「決して過度に技巧をひけらかすことはなく、あくまで音楽の流れの中に溶け込んでいる点が特徴的」といったような解説がされがちですが、素人にはハードルが高すぎます。

彼のカデンツァには、独特の間と呼吸の美しさが感じられます。間があるなんてなんだか日本的ですね。そうやって緊張と緩和を繰り返すことで、聴き手の関心を高め、次に何が来るのかという期待感を高めています。これは、彼自身が長年にわたりモーツァルトにに真摯に向き合ってきた姿勢の賜物であり、単なる演奏技巧を超えた世界が垣間見えるではありませんか。つまり「沈黙は金」ってやつですね。

第3楽章のカデンツァは、より遊び心に富んだ印象を与えます。ロンド形式の軽やかな主題を基にしながら、時にはモーツァルトの他の作品をほのめかすような引用も見受けられ、聴衆を微笑ませるようなユーモアも感じられます。

このように、サム・フランコのカデンツァは、古典の枠を守りつつも、20世紀まで生きた演奏家としての視点をしっかりと盛り込んでいる点で非常に魅力的です。彼のカデンツァを通じて聴こえてくるのは、モーツァルトの音楽そのものではなく、モーツァルトという作曲家と対話する音楽家の姿です。だからこそ、フランコの演奏は新鮮でありながら、どこか懐かしい温かみを感じさせてくれるのかもしれません。

モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第3番』を演奏会で聴く機会があれば、ぜひカデンツァにも注目してみるべきです。そこには、演奏者ごとの解釈と創造が凝縮されており、同じ曲でもカデンツァの選び方でまったく異なる物語が語られることに気づくはずです。サム・フランコのカデンツァは、その中でも一つの優れた解釈として、多くの聴き手の心に残ることでしょう。（実際に、このカデンツァが一番弾かれがちだと思います。二番手はイザイかな？）