ChatGPTを仕事で活用しているという人も多いでしょう。私も「この文章を要約してほしい」「英訳してほしい」「この就業規則が悪用される可能性を指摘してほしい」のような使い方をしています。
それはそれで便利なのですが、結局のところ全体的に仕事が楽になることはないのではないか、と懐疑的です。現に、パソコンがホワイトカラー職の現場に導入されても週40時間労働という体制が変わることはありませんでした。むしろ、パソコンを使えばいくらでも仕事が精緻化していくので複雑化していき、難易度が上がっていったというのがここ2,30年の流れではなかったでしょうか。
今現在も「何々を効率化するイノベーション」などと銘打ったサービスが数多く現れていますが、それが労働時間の削減につながっているというわけではありません。むしろAIとかITが効率化した業務よりもそのせいで新たに生み出された業務のほうが多いというのが私の肌感覚です。しかもそれで生まれた業務は、誰かの幸福に貢献しているわけでもない。あほくさ。
そもそも会社の業務というのは経済競争のために行われるものであって、軍拡競争に似ている面があります。A国が戦車を持てばB国も戦車を持つ。A国が核兵器を持てばB国も核兵器を持つ。それが誰かの役に立つわけではありませんし幸福になれるわけでもありません。同様に、A社が何かサービスを生み出せば対抗措置としてB社が同じようなサービスを作り出します。お互いの創意工夫がそれで打ち消されあい、また別の創意工夫が必要になる。そうやって社会は少しずつ便利になっているのでしょうけれども、その便利さゆえに要求水準が上がってしまい、それがゆえにかえって労働強化につながっている面は否定できないでしょう。
さて、AIを仕事で活用しても楽にならない理由を考えると、一番の要因は「効率化によって新たな業務が生まれる」ことにあるはずです。技術革新が進めば進むほど業務が簡単になるかと思いきや、実際には逆の現象が起きてしまうわけですね。
例えば、AIを導入して事務作業を効率化し、データ入力や報告書作成を自動化したとしましょう。これで人間の負担が減るかと思いきや、実際には空いた時間を埋めるように新たな業務が発生しちゃいます(私の職場がそんな感じです)。AIが高精度のデータ分析を可能にすれば、そのデータを活用するために追加のレポートが求められるわ、業務のやりかたをAIに最適化するために新たな管理体制や監視業務が必要になります。結果として、仕事が減るどころかむしろ増えるわけです。もうアホかと。
しかも、AIを使った業務の高度化により、求められるスキルの水準も上がりますね。単純作業が減ることで、より専門性の高い業務へシフトせざるを得なくなりますから、それだけ「その仕事」ができる人材が少なくなっていくわけです。
こうした状況では、「AIを導入すれば労働が楽になる」という期待は幻と言わざるを得ません。むしろ、AIによって便利になった分だけ要求水準が上がり、それに対応するための新たな仕事が生まれる。このサイクルが続く限り、AIは労働を軽減するどころか、業務を複雑にし、働く側の負担を増やすだけなんですね。
本来なら、AIは業務を効率化することで労働時間を削減し、ワークライフバランスを向上させるもののはず。しかし、企業同士の競争・・・、というか資本主義を前提とした社会が変わらない限り、AIの導入は労働を楽にするどころか、むしろ働き方を厳しくする要因になってしまうわけです。
例えば、AIを導入して事務作業を効率化し、データ入力や報告書作成を自動化したとしましょう。これで人間の負担が減るかと思いきや、実際には空いた時間を埋めるように新たな業務が発生しちゃいます(私の職場がそんな感じです)。AIが高精度のデータ分析を可能にすれば、そのデータを活用するために追加のレポートが求められるわ、業務のやりかたをAIに最適化するために新たな管理体制や監視業務が必要になります。結果として、仕事が減るどころかむしろ増えるわけです。もうアホかと。
しかも、AIを使った業務の高度化により、求められるスキルの水準も上がりますね。単純作業が減ることで、より専門性の高い業務へシフトせざるを得なくなりますから、それだけ「その仕事」ができる人材が少なくなっていくわけです。
こうした状況では、「AIを導入すれば労働が楽になる」という期待は幻と言わざるを得ません。むしろ、AIによって便利になった分だけ要求水準が上がり、それに対応するための新たな仕事が生まれる。このサイクルが続く限り、AIは労働を軽減するどころか、業務を複雑にし、働く側の負担を増やすだけなんですね。
本来なら、AIは業務を効率化することで労働時間を削減し、ワークライフバランスを向上させるもののはず。しかし、企業同士の競争・・・、というか資本主義を前提とした社会が変わらない限り、AIの導入は労働を楽にするどころか、むしろ働き方を厳しくする要因になってしまうわけです。
ところで、『ウルトラセブン』には、侵略者を倒すために超兵器を完成させる、という場面があります。これがあれば宇宙人に地球が狙われても十分防衛可能になるはずでした。でもそれは一見有益なプロジェクトに見えて、実は不毛な計画でした。米ソの軍拡競争と同じですから。そして作中ではこういうやりとりが始まります。
「侵略者は、超兵器に対抗してもっと強烈な破壊兵器を作りますよ!」
「我々は、それよりも強力な兵器をまた作ればいいじゃないか!」
「それは、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ」
「我々は、それよりも強力な兵器をまた作ればいいじゃないか!」
「それは、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンですよ」
「血を吐きながら続ける、悲しいマラソン」、それはAIを初めとするITツールを使い続けなければならないサラリーマンについても当てはまる言葉ではないでしょうか・・・?
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