ヴォーン・ウィリアムズの「The Lark Ascending(あげひばり)」は、イギリス人にとって特別な意味を持つ楽曲です。穏やかで美しいヴァイオリンの旋律と、平和や自然のイメージが融合したこの曲は、たびたびクラシック音楽の人気投票で1位に輝いています。その人気の理由には、イギリスの田園風景への郷愁や、戦争を乗り越えた平和の象徴といった要素があるようです。
「あげひばり」は、ジョージ・メレディスの詩に着想を得て、1914年に作曲されました。しかし、第一次世界大戦の影響で初演は1920年に延期されてしまいます。作曲者のヴォーン・ウィリアムズ自身も従軍しており、戦場での過酷な体験から、彼は平和や希望、自然への賛美を音楽で表現しました。そのため、この曲は特に「失われた時代」へのノスタルジーを呼び起こすと同時に、戦争の喧騒から離れた癒しをもたらす作品となっています。
どうやらイギリスにとっては、第二次世界大戦よりも第一次世界大戦のほうが社会的影響が大きかったようです。それは、オックスフォードやケンブリッジといった大学に在籍していた優秀な学生たちの多くが帰らぬ人となり、その世代のリーダー層が一気に払底してしまったからのようです(と、大学時代のゼミの先生が仰っていました)。話がそれますが『指輪物語』の作者トールキンもまたこの戦争に従軍し、悪夢のような経験をしています。彼は否定したがるでしょうけれども、その経験が『指輪物語』の随所に顔を出す「深い喪失感」の背景にあることは言うまでもないでしょう。
さてこの「あげひばり」、ですが、もともとはオーケストラとヴァイオリン独奏のための曲です(ピアノ伴奏版もあります)。
ヴァイオリンのソロは、ひばりが空高く舞い上がる様子を描き、聴いていて心が和みますね。オーケストラの和声も穏やかで、自然の中に身を置いているような感覚を与えてくれます。
第一次世界大戦は機関銃や毒ガスといった、これまでになかった残酷な兵器が実用化され19世紀までの戦争とは様相が一変しました。銃後においても「総力戦」といって国家や組織が人的、物的、精神的なあらゆる力を動員して行う戦争形態となりました。・・・そりゃ「あげひばり」みたいな曲を書きたくもなります。普仏戦争とか普墺戦争のあとにこういう曲が作られました、なんていう話はあまり聞きませんが、第一次世界大戦のあとなら納得もゆこうというものです。
演奏でも多くの名盤が存在します。特に評価が高いのは、アイオナ・ブラウンとサー・ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団によるの録音です。彼らの演奏は、音楽の流れが自然であり、ひばりが広い空を舞うような軽やかさと、地上の平穏さを同時に感じさせます。録音の新しいものを、という場合にはニコラ・ベネデッティも(日本ではそれほど人気爆発しませんが)世評の高いCDです。
ところで、「あげひばり」は日本人にも受ける曲だと思うのですが、私は一度しか実演に接したことがありません。こればかりは謎ですね・・・。
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