YouTubeでヴァイオリンの曲を検索すると、大抵の場合髙木凜々子さんが演奏された動画が見つかります。チャイコフスキーやメンデルスゾーンのような大がかりな協奏曲から「G線上のアリア」のような小品まで、ヴァイオリンの有名曲ならほとんどをカバーしています。演奏のクオリティも極上であり、こういう音楽を無料で視聴可能になったことに時代の流れを感じます。
髙木凜々子さんのチャンネル登録者数は着々と増えているのでしょう、だからこそ2025年2月24日(月・祝)に東京文化会館小ホールで開かれたリサイタルは満員。クラシックのコンサートでホールを埋めるのは極めて難しいことですから、これぞ地道な動画公開の成果でしょう。
この日のプログラムはクライスラーの「テンポ・ディ・メヌエット」に続いてモーツアルトの「ヴァイオリン・ソナタ第26番」、そしてイザイの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調」。休憩を挟んでシューベルト(ハイフェッツ)の「アヴェ・マリア」、シューマンの「ヴァイオリン・ソナタ第2番ニ短調」とそれぞれ性格の異なる作品を配置するという、唸らされるもの。
とくに玲瓏とした趣のあるモーツァルトのソナタ、これに続くイザイは特筆すべきものでした。モーツァルトにおいては弓が可憐に弾んで心地よいリズムを生み出します。実際にモーツァルトを自分で演奏してみるとわかるのですが、弓を可憐に弾ませて心地よいリズム感を作り出すなんて一見簡単に見えますがこれがうまく行きません。妙に鋭くてベートーヴェンぽくなったり、粘っこくなってチャイコフスキー風になったりと、思うように腕が動かないのが常です。
髙木凜々子さんのこの日のモーツァルトは高級なお菓子とでも言いましょうか、どぎつい甘さやしょっぱさといった極端な味付けとは無縁。程よくも控えめな甘さが逆に飽きを生じさせません。こういう音楽を耳にしながら美術館の絨毯の上を歩いてみたい、そう思わせる演奏でした。
しかしイザイになると様相は一変します。このコンサートに先立って「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調」の演奏動画を4日にわたり公開していますが、この日の本番を意識していたのでしょう。それにしてもなんとテクニックが強靭なこと。いやそもそもイザイ自身がヴァイオリンの名手であり、彼の「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」なんてよほど技術力がないと、無理に弾こうとして逆に変な手癖がついて下手になるのは目に見えています。
髙木凜々子さんの演奏はどうだったのか。それこそすべての音がクリアに聴こえるほどの精緻さで客席に迫ってきます。クロサワバイオリンからストラディヴァリウスを貸与されているようですが、しっかりと銘器が鳴り響き、「妄執」「憂鬱」「亡霊たちの踊り」「復讐の女神たち」という不吉な曲想を表現しています。髙木凜々子さんに限らず、最近の若手ヴァイオリニストの技巧は目をみはるものがあります。そうした高い水準で演奏してこそ、イザイの音楽はその真価が現れるのではないかと思いました。ちょうどマーラーの作品が高度に訓練された20世紀後半のオーケストラが演奏するようになって急速に評価されるようになってきたのと同じように。
イザイを弾き終えた髙木凜々子さんは、ステージを去るときの歩き方から察するに極限まで集中しきっていたのだと思います。明らかに他の曲を演奏したときとは挙動が異なっていました。持てる力を出し尽くしたということなのでしょう。これほどまでに素晴らしい演奏であれば、イザイの他の作品への期待も高まります。気鋭のヴァイオリニストによる素晴らしいひとときでした。
ところで、イザイではありませんがバッハの録音がリリースされていることに気づきました。こちらもぜひ耳を傾けてみたいと思います(できれば実演に接してみたいのですが)。
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