Cuvie先生のバレエ漫画『絢爛たるグランドセーヌ』第27巻。かなり長きにわたって連載が続いているこの作品は、すこし前の巻から新型コロナウイルス感染症を扱っています。世界が大混乱に陥り、日本でもイギリスでもその例外ではありませんでした。
なんとかイギリスに戻ることができた奏ですが日常が戻ったと言うには程遠い日々。公演を企画しようにも中止になったり、演出を思うように遂行できなかったり観客も満員にすることができなかったりと制約が多すぎて嫌気が差してきます。これがほんの2,3年前のことだと思うと、早くも隔世の感があります。
第27巻はそのような状況にある奏そしてロイヤル・バレエ・スクールを描いていました。逆境下にあっていかに若者たちが自らの目標へ食らいついてゆくか・・・、その葛藤の日々が表現され、しかもそれは私達が経験したことでもあり、共感をもって読み進めることができました。
この巻でキーラが創作した作品名は「シエナ1348」。シエナはイタリアの古都であり中世に栄えましたが、1348年のペストの流行で人口が半減し急速に衰退に向かってしまいます。今では観光名所であり非常にしっとりとした雰囲気の街並を楽しむことができますが、一時は「死都」と言うべき惨状に陥っていました。キーラはそのことを現代のパンデミックと重ね合わせて一つの表現を創り上げています。
「芸術は美しくあってはならない」。岡本太郎はこう提唱していました。「シエナ1348」はどうでしょう。見ていて愉しくなるような作品だとは思えません。タイトルからして不吉です。何を指しているかは一目瞭然です。しかしこの作品にはキーラの想いが込められていることはひしひしと伝わります。演者たちが胸に何を抱き、そして表現しようとしているのかも分かります。であれば、「芸術は美しくあってはならない」のもまた至言といえるでしょう。
そしてまさかの「演出に布を使ってはいけない」「送風機も使用禁止」であることが後で発覚。そんなことは一番初めに周知しなければならないことですが、さすが海外、そのへんの情報連携はけっこういい加減なようです。これにはキーラもガクッとなったでしょう。「ちびまる子ちゃん」なら顔面真っ白になっていたはずです。それでも急遽演出を練り直し「布は使えなくなったけどこれが完成形」と言えるところまでにこぎつけます。
いっぽう、奏はロイヤル・バレエ・スクールのサマー・パフォーマンスでオーロラ姫に抜擢され、かつてのロイヤルバレエ団のオーロラ姫の衣装を身にまとい演技するというチャンスを掴みます。千載一遇の好機を捉えた彼女はまさに「王女のデビュタント」、将来のプリンシパルたる自分を確実に印象づけることに成功しています。
つまるところ、『絢爛たるグランドセーヌ』第27巻は、人はどのような状況であっても自らの意思や努力、創意工夫で道を切り拓くことが可能であるというメッセージ性にあふれ、しかもそれが私達も経験した状況下のことであるということから、大変な説得力あるものとなりました。
第28巻では「シエナ1348」を踊る様子が描かれるはずです。刊行は2025年夏でしょう。楽しみに待ちたいと思います。
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