芸術家と聞くと、「人嫌い」とか「孤独を好む」なんてイメージが浮かぶことが多いですよね。確かに、彼らは社交を避け、制作に没頭する姿がよく描かれます。ちなみにこのブログも「友だちいない研究所」。私も人が嫌いです。そして誰とも会わないほうが幸せです。
私のことはさておき、本当に芸術家は人嫌いなのでしょうか。むしろ、彼らは「時間を惜しむ」だけではないかと余計なことに気づきました。というわkで芸術家が「人嫌い」に見える理由と、実際には創作のために時間を最優先しているだけだという仮説についてメモ代わりに書き残しておきます。
芸術は、短時間で完成するものではありません。いいアイデアなんてありませんから、ダメなアイデア、まあまあのアイデアをなんとかしてひねったりして、これを形にする過程には試行錯誤が不可欠で、無数の失敗を経てようやく完成に至るものです。だからこそ、芸術家にとって最も貴重なのは「時間」です。例えば、小説家のフランツ・カフカは、友人との約束より執筆を優先し、孤独を選びました。「社交は創作の敵」とさえ語っています(私そっくり)。
ベートーヴェンは散歩中に話しかけられることを極端に嫌がり、その時間すら作曲のために使おうとしていたと聞きます(真偽不明ながら彼ならいかにもやりそうだ)。彼らが人を避けたのは、人付き合いが嫌だったわけではなく、創作に不可欠な時間を確保するためだったのです。
現代では、社交的であることがよしとされています。でも、芸術家にとっては、雑談や儀礼的な付き合いは「時間の浪費」に感じられることがあります。要するに短い時間でも作品のアイデアを練り、集中力を保ちたいと考えているんでしょう。たとえば、サルトル。彼は「創作活動のために社交を最小限にする」と明言し、他者との接触をできるだけ避けました。つまり、彼が人付き合いを嫌っていたわけではなく、創作に必要な時間を守るための選択だったのです。でもその気持ち分かりませんか?
面白いことに、多くの芸術家は「人間そのもの」には深い関心を持っています。彼らの作品には、人間の心理や感情、社会とはなにか・・・、といった事柄が表現されています。つまり、人との直接的な交流を避ける一方で、人間そのものを観察し、それを作品に昇華しているのです。ゴッホは生涯孤独だったと言われますが、彼の描いた肖像画や手紙からは、人間への強い興味と愛情が感じられます。また、ドストエフスキーの小説は人間の内面を鋭く描いていますが、彼自身は人付き合いに悩むことが多かったと言われています。彼らは「人嫌い」に見えますが、本質的なところではむしろ「人間を深く理解しようとしていた」のではないでしょうか・・・?
芸術家が「人嫌い」に見えるのは、社交を避ける傾向があるためです。でも、それは人間そのものを嫌っているのではなく、創作をするために必要なプライバシーや静けさ、時間を守るための選択だったように思えてなりません。彼らは、表面的な会話とか人間関係ごっこ(←サラリーマンがやりがち)よりも、作品を通じて人間の本質を追求することに重きを置いているはずです。
以上から、芸術家の行動というのは単なる「人間嫌い」と片付けるのではなく、なぜそういう行動パターンなのかを考えると、時間を惜しんでいるというのが正解なんじゃないか、というのが私なりの結論になります。
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