19世紀の大指揮者であるシャルル・ミュンシュは『指揮者という仕事』という本を残しています。
このなかでミュンシュは指揮者を志す若者に向けて、控室での緊張をこう論じています。

(本番前のあなたは)戦闘の中心である台上にのっかっているのだ、ちょうど飛んで来る矢にさらされた聖セバスチアンのように、いままさに火あぶりになって自らの命をおのが愛する者の代りに与えんとする火刑台上のジャンヌ・ダルクのように。四十年の場数をふんだあとでも、あなたが依然としてこの瞬間に、喉元を襲う気後れ、高潮のように高まる突然の恐怖を感じるなら、コンサートのたびごとに心を昂ぶらせ、びくびくするあの不安を前より少し強く感じるなら、それは、絶えずあなたが向上しており、絶えず自分の使命を前よりも少々よく理解しているからである。

    (シャルル・ミュンシュ『指揮者という仕事』より)

で結局、緊張するとどうなるのか。大抵の人は「もうだめだ」という思いに囚われて帰路につくのが関の山です。私もそうです。

スポーツ科学の本を読むと、緊張にもメリットがあるということは色々書かれています。

たとえば「適度な」緊張は、集中力を最大限に引き出す効果があり、ストレスを感じると交感神経が活性化し、注意力が鋭敏になるわけです。その結果、演奏中の細かなニュアンスや表現の違いに敏感になり、より感情豊かなパフォーマンスを生み出せるのだとか。ホンマかいな。

ただリハーサルでは得られない緊張感が、演奏に独特の生命力を与えるのもまた事実。これは、ライブ演奏が録音とは異なる魅力を持つ理由の一つです。観客の存在を意識することで、演奏者の感情がより豊かになり、音楽が生き生きとしたものになります。たしかにシャルル・ミュンシュがパリ管弦楽団結成にあたって開催されたコンサート録音なんて、セッション録音以上にノリノリでベルリオーズの『幻想交響曲』を指揮していますものね。グロテスクな曲がますますグロテスクになっていますが。

でもほとんどの人にとっては緊張なんてマイナスにしか作用しないでしょう。極度の緊張は、手や指の震え、息の乱れを引き起こし、演奏に支障をきたします。特に、繊細なコントロールが求められるヴァイオリンでは、微妙な動きが狂うことでひどい音になります。もともとアマチュアなんてひどい音と相場が決まっているのにもっとひどい音になります。しかも練習では完璧に弾けたフレーズも、本番で緊張するせいで失敗します。これは、脳がストレスを感じることで普段の記憶回路が正常に働かなくなるためです。「こんなはずでは」という経験はみんなしているはず。この世の地獄か。そのせいで音楽は本来、楽しむべきものですが、緊張しすぎると「失敗しないように」という意識ばかりが先行し、演奏そのものの喜びを感じにくくなります。もっと地獄か。

たしかにミュンシュが述べたように、経験を積んでもなお緊張するのは、それだけ音楽に真剣に向き合っている証拠です。一応音楽業界では舞台に上がるアーティストにステージマネージャーが「トイトイトイ」という謎のおまじないをかける儀式があるそうですが、だからといって何かが変わるわけでもなく、それこそただのおまじないです。でもそういうものにすらプロでさえもすがりたくなるわけですから、アマチュアなぞ失敗してむしろ当然なのかもしれません・・・。