1962年に来日し、日本フィルハーモニー交響楽団を指揮したシャルル・ミュンシュ。日比谷公会堂でのベートーヴェンの『第九』は、ライブ録音が残されています。しかしある出演者のクレームで、発売のたびに即回収となってしまい、日の目を見ることがほとんどありませんでした。最近は配信で自由に音源を購入することができるようになっているようですが。

このCDがなぜか私の家にあり、何度か聴いてみた感想を記してみたいと思います。

とはいえ、ミュンシュの『第九』といえば真っ先に思い浮かぶのがボストン交響楽団との録音でしょう。轟々たる、という形容がぴったりなほどに剛毅な音像で知られるこの録音は、師フルトヴェングラーとはまた異なり、かといってカラヤンともワルターとも違う独特なスタイル。日フィルとの『第九』は、やはり当時の日本のオーケストラの技術水準を考慮すると、ボストン交響楽団のそれと比べると「あれっ、今ミスってる?」と思う箇所があります。かたやセッション録音、かたやライブ録音ということで前提条件が異なるので単純比較は禁物ですが、いまいちアンサンブルがしっくりこないのはつまりそういうことなのでしょう。

テンポは全体的に快速調で全体を65分足らずで駆け抜けます。ボストン交響楽団の録音とも2,3分くらいしか違いませんから、よく日本フィルハーモニー交響楽団は食いついていったと評すべきです。とくにティンパニの力奏は特筆すべきものがあります。一方で弦楽器群はカンタービレがやや不足気味で全体的にパサついているのは、特に第3楽章あたりで辛くなってきます。そもそも日比谷公会堂という、あくまでも講演会のための空間でコンサートを開催している、そこで録音するというのもやはり環境的にかなり無理があります。全体的にデッドな音になっているのは仕方ないことでしょう。

第4楽章に入ると声楽が加わります。ただ、バスの岡村喬生氏が出オチのようなドイツ語で歌いだすのは、何度聴いてもガクッとなります。その後の独唱者も合唱団も日本語なのかドイツ語なのかいまいちはっきりしない発音で、昭和中期の日本人が発音する外国語というのはどんなものだったのかがわかってしまうという、音楽とは関係ないところで変な楽しみを見つけてしまいます。

最後の最後のプレスティッシモではやはりミュンシュはスピードアップして突進していきますが、日フィルは崩れることなくしっかりと燃焼して全体を結びます。ここはよくできていると思います。

全体的に言うと、ミュンシュの実力を考慮すればもっと出来栄えのよい『第九』に仕上がっていた可能性があります。ただ日本フィルハーモニー交響楽団という、つきあいのないオーケストラに客演し、日比谷公会堂というこれまたコンサートにまったく向いていない会場で演奏し、というミュンシュにしてみれば厳しい条件が重なっていたなかでこれだけのものを作り上げたという点では、日本のオーケストラ史に残る録音だといえるでしょう。名盤かというとちょっと違う、でも貴重な史料としてこういう演奏会がかつてあった、ということを記録として残しておく意義は十分あると考えます。