世の中にはロシアンティーというものがあるらしいのです。なんじゃそれはと思って調べてみたら、
ロシアンティーは、ロシア圏での紅茶の飲み方を指します。砂糖が貴重だった時代、ロシアでは紅茶を濃く煮出し、ジャムを舐めながら飲むスタイルが定着しました。紅茶はティーポットで強く煮出され、ティーカップに半分ほど注ぎます。その後、サモワールという湯沸かし器から熱湯を加えて、紅茶の濃さを調整します。ジャムを舐めながら飲むことで、紅茶の風味が引き立ちます。(中略)日本では、ロシアンティーにジャムを直接入れる飲み方が広まっていますが、実際にはこれはロシアではなくウクライナやポーランドでの習慣です。ロシアではジャムは紅茶に直接入れず、小さな器にジャムを用意し、スプーンで舐めながら紅茶を飲むスタイルが一般的です。ジャムを紅茶に入れると、紅茶が冷めてしまうため、ロシアではこの方法は避けられています。(「スイーツモール」より)
ジャムを舐めながら飲む、というスタイルを嗜んでいる人を見たことがないので、日本でロシアンティーといえば「ウクライナやポーランドでの習慣」を言うのだと思います。
砂糖の代わりにジャムを入れるというのがなんとも東欧らしい、というか、どうしても濃い味付けになってしまうのが、どうにもこうにもチャイコフスキーとかラフマニノフのオーケストレーションを彷彿とさせて文化というのは食であれ音楽であれどこかしらつながっているんだということが実感されます。
一度行ってみるとわかるのですが、東欧の料理や飲み物というのは、濃い味付けや深いコクがウリになっています。寒冷な気候の影響もあり、エネルギーをしっかり補給できる食品が好まれるため、砂糖やジャムをふんだんに使った食文化が根付いたのでしょう。ボルシチのような具沢山のスープや、甘さが際立つペイストリー類にも、同じような傾向が見られます。紅茶にジャムを入れる飲み方も、単なる甘味の追加というよりは、身体を温め、力をつけるための工夫のひとつなのかもしれません。
さらに、ロシアンティーと東欧の音楽を重ね合わせてみると、興味深い共通点が見えてきます。チャイコフスキーやラフマニノフのオーケストレーションは、厚みのある和声と劇的な抑揚が特徴的です。これはシベリウスとかグリーグのような北欧の作曲家たちとはやはり作風が異なっています。ブルックナーとも違います。彼らの作品は、単に美しい旋律を奏でるだけでなく、音の層を重ねることで豊かな響きを生み出します。たまに「くどい」とすら思えるこのような表現の濃密さは、なんだか紅茶にジャムを加えるというシンプルな行為にも通じるものがあるように思えます。こじつけかもしれませんが。
とくにチャイコフスキーの音楽が洗練された構成を持ちながらも(ベートーヴェンを意識しすぎたのか?)、どこか素朴な情感を含んでいるのと同じように、紅茶にジャムを入れるという飲み方も、質素ながらも奥深い満足感を与えてくれるものです。砂糖の代わりにジャムを入れることで、甘味と果実の風味が絡み合い、ひと味違った飲み心地が楽しめます。
さらに、ロシアンティーと東欧の音楽を重ね合わせてみると、興味深い共通点が見えてきます。チャイコフスキーやラフマニノフのオーケストレーションは、厚みのある和声と劇的な抑揚が特徴的です。これはシベリウスとかグリーグのような北欧の作曲家たちとはやはり作風が異なっています。ブルックナーとも違います。彼らの作品は、単に美しい旋律を奏でるだけでなく、音の層を重ねることで豊かな響きを生み出します。たまに「くどい」とすら思えるこのような表現の濃密さは、なんだか紅茶にジャムを加えるというシンプルな行為にも通じるものがあるように思えます。こじつけかもしれませんが。
とくにチャイコフスキーの音楽が洗練された構成を持ちながらも(ベートーヴェンを意識しすぎたのか?)、どこか素朴な情感を含んでいるのと同じように、紅茶にジャムを入れるという飲み方も、質素ながらも奥深い満足感を与えてくれるものです。砂糖の代わりにジャムを入れることで、甘味と果実の風味が絡み合い、ひと味違った飲み心地が楽しめます。
食文化と音楽は、どちらもその土地の気候や歴史、人々の暮らし方に根ざした表現のひとつです。紅茶にジャムを入れるというシンプルな習慣からも、東欧の文化的背景が垣間見えます。濃い味付けを好むその感性は、音楽や芸術の豊かさとも共鳴し、その土地の魅力をうかがわせるようではありませんか。
ところで私がジャムを紅茶に入れてみたら、なんだかちょっと酸っぱくなってしまいました。ドラッグストアで一つ400円のやつにしようとしたら380円のやつを見つけてそっちにし、さらに140円の遥かに安いやつを見つけて結局それにしました。ケチったのが原因でしょうか。
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