モーツァルトの『交響曲第40番』と言ったら有名曲すぎて逆にクラシックファンだとあまり聴いてないかもしれません。あるいは、フルトヴェングラーは、カラヤンは、アバドは、ワルターは・・・、と言った具合に指揮者の能力を推し量る一つの基準としていくつもCDをとっかえひっかえして聴いているかもしれません。

私はあえてサヴァリッシュ指揮、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏をいい演奏であるとしてブログ記事としてみたいと思います。サヴァリッシュといえばNHK交響楽団を何度も指揮しており、団員からは非常に尊敬される反面、あまりにきっちりしすぎているがゆえにどちらかというと退屈な、というイメージで語られがちでした。

ところが、モーツァルトの『交響曲第40番』において、彼の解釈は、楽譜に忠実でありながらも、感情の機微を的確に引き出す点が特筆されます。速すぎず遅すぎないテンポ設定が作品の均衡を保ち、モーツァルト特有の悲愴感とエレガンスを見事に両立させています。何より第1楽章が秀でています。このせき立てるようなテンポ設定はフルトヴェングラーの表現を連想させるものがあります。え、サヴァリッシュってこんな劇的な表現をする人だったの? この部分を聴くだけでも、CDを買ってくる価値は十分あるでしょう(中古なら文庫本よりずっと安く手に入るはずです。というか中古以外でもう手に入らないと思います)。

私が初めてモーツァルトの『交響曲第38番』『交響曲第39番』を聴いたのは、やはりサヴァリッシュとチェコ・フィルの組み合わせによるものでした。1枚1,300円の廉価盤シリーズでした。その音色の特徴はこの『交響曲第40番』でも似通っています。録音年代が変わらないので当たり前といえばそうですが、弦楽器セクションが絹というよりも綿のようなざらりとした感触があります。ヨゼフ・スークの音もそんな雰囲気だったのでチェコではそういう音作りが歓迎されるのでしょうか。このほか、木管楽器の音色がときおりきらめくような音を出すのも魅力的です。

20世紀も終わりのほうになってくると古楽器演奏というのが主流になり、こうした正統派とでも言いましょうか、「いわゆるクラシック音楽」らしい響きの演奏は案外聴く機会が少なくなってきました。古楽器演奏を意識したアンサンブルというのは確かに技術的にはひと昔前のオーケストラと比べると明らかに緻密であり、技術的には上だということは伝わってきます。でもなんだか音色が痩せこけたようなところがあり、いまいち好きになることができません。

その意味で、「1980年代まで、クラシックはこういうものだった」ということを知る意味でもサヴァリッシュのモーツァルトは貴重ですし、そもそもチェコ・フィルとのコンビでなされた録音自体数が限られているわけですから、なおさら価値があると言えるでしょう。

それにしても。かつては「サヴァリッシュね・・・」という受け止め方をしていたのですが、時間の経過とともに「サヴァリッシュってじつはすごい人だったんだ!」ということがわかるようになってきました。自分が愚かだったのか、愚かな演奏が増えたのか。その両方なのか・・・。